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 近頃城内の雰囲気が重苦しい。
 世界王紅隆の執務区画から殆ど出ないフィーアスでさえそれを感じるのだ。何か大変なことが起きているのではないかと心配になる。
 その考えを増長させているのはフィーアスらに警護がついたことだ。
 子供たちの相手をするために西軍の誰かかれかがプライベートルームに居るのだが、他にも数人詰めるようになった。フィーアスがプラーベートルームから1歩でも出ると影のように付いてくる。執務区画を出ようとすると止められる。
 これまでのAIの護衛とは一線を画しているのだ。誰に理由を尋ねても笑って流される。
 それが分かったのは半月近く経ってからだった。
 南殿の担当する公国対応の均衡状態が崩れかけているのだという。儀堂は兎も角、その件で連邦軍まで介入してきそうでかなり厳しい状況なのだそうだ。そっと耳打ちしてくれたのはビャクヤだった。
 続けて告げられた事実にフィーアスは絶句した。
 恋人を亡くしたマクベスが後追い自殺を図ったというのだ。幸い発見が早く一命は取り留め、今はもう退院するしないというところまで快復したらしい。
 ただでさえ忙しいところへこの騒動だ。しかもマクベスの恋人だという女がエーデと因縁のある人物だったそうで、彼はかなり激怒しているらしい。
 ショックで声も出ないフィーアスにビャクヤはしっかりと釘を刺す。
「見舞いに行こうなどと、軽はずみなことはなさらないようお願い致します」
 今まさに見舞いの算段をしていたフィーアスは、はっとビャクヤを見上げる。その黒い瞳はいつかのときのように冷えていた。
「愛する者を亡くしたことのない貴女の言葉は、あの子供には届きませんよ」
 愛した者と決別した彼の言葉こそ、フィーアスには重かった。体が近くにあっても心はもう二度と添うことはないのだ。
「こら、ばらすな」
 割って入った声はコーヒーを持って現れた。熱いから気を付けるよう言い含めてそれをフィーアスに渡す。
 この日の警護担当の一人、西軍のジョエル・ヒル・サルマンだった。
「これを飲んで落ち着いて下さい。貴女の動揺はチビたちに伝染しますからね」
 砂糖とミルクの入ったコーヒーは甘く、体に沁みた。
 ビャクヤは一礼して去っていく。地下へ行くのだろうかとその背中を見送った。
 サルマンに促され客室のソファに座る。ドアは開けたままなので子供たちの笑い声がここまで聞こえてきていた。
「紅隆は別に、貴女を除け者にしようと内緒にしている訳ではないんですよ」
「……はい」
「貴女がそうやってびっくりしてしまうから、黙っていたんです」
「…………」
 カップから立ち上る湯気が俯くフィーアスの鼻先を掠める。
 マクベスの妹弟たちについて尋ねるとやはり動揺しているらしい。父エーデの機嫌が治まらず、イライアスが随分怯えたため今は一時的に義兄であるイゼルの元で起居しているという。
「ツイズの女房っていうのがさる公爵家で働いていましてね。今回の対公国騒動で人質にされても面倒だからと呼び寄せる算段をしていた最中だったんです」
 相手は公爵家。手順を踏んだ手続きを経ねばならず時間がかかっている。エーデの気が静まらねば子供たちは安心して眠ることもできないだろう。
 何も言えないでいるフィーアスを残してサルマンは一人立ち上がる。
「チビたちの前で笑えるようになるまでここに居て下さいね」
 それはとても難しい注文だった。
 カップの中で揺れる自分の顔を眺めていると、開けっ放しのドアがノックされた。見れば今度は見るからに寝起きと分かるヴィンセントが立っている。
「おはようございます」
 フィーアスは笑ってしまった。もう午後だ。
「おはようございます」
「すいません、今の話が聞こえたもので」
 西殿側近は今し方までサルマンがいた場所に腰を下ろした。





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あきゅろす。
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