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 宮殿と食堂を結ぶ連絡通路は計九本あり、それらは全て同じ構造をしている。硝子の壁面から見える景観と花壇の花、途中途中に貼られた接続フロアを示す表示プレートだけが異なっている。
 なので外から食堂に入りどのフロアで食事をしようか迷って行ったり来たりしていると、この連絡通路を使って戻った時てんで見当違いのところに出てしまうことがよくあった。なので職員たちからはせめて特徴的な目印を着けてくれと度々要望があったが捨て置かれている。
 トイレに行ったきりキースレッカが戻ってこないのもそのせいだろう。通路の簡易ソファにランティスと並んで座ったアリシュアはそう見当をつけた。
 鬼の居ない隙に彼の母親について報告を受ける。長らく連絡が取れなくなっており気を揉んだが、取り敢えず元気にやっていると聞いて安心した。
 行き交う人々をぼんやり眺めて時間を潰す。お互い改めて語り合うことなど無かった。
 しかしふいにランティスが小さく笑った。
 横目でそれを見るが視線がぶつかることはなかった。男は硝子の向こうに見える隣の連絡通路の壁面を見ているようだった。もっと硝子に近づけば上下斜めの壁面も見えるだろう。
「これはセルファトゥスに連れられていろんな連中に会いに行った結論だが……」
「?」
 男は暫く逡巡したのちちらりとアリシュアを見て「怒るなよ」と釘を刺す。
「俺たちは誰一人犠牲者を出すことなく解放されたが、もしミトスが死んでたら、今どうなっていただろうな」
「何が?」
 アリシュアの声に宿る剣呑さに怒るなって言っただろうとランティスは苦笑した。そして回想する。
 昔の仲間に会いに行くとかなり高い確率でそこには小さな不調和があった。災害に遭った、不注意で庭の花を枯らせた、隣人トラブル。せっかく得た恋人と別れた、ペットが死んだ、家族が死んだ。結婚したが上手くいかない、寒々とした家庭、相変わらず殺伐とした日々。ランティス自身、最愛の人を喪っている。
「あの時訪れる筈だった災厄がそれぞれに分散して降りかかっているとも考えられないか? だったら本人の望み通りにしてやっていたら……」
「死にたいなんてあいつは言わなかった」
「口にしなかっただけさ。お前だって分かってただろう? 分かっていたからキースを引っ叩いたんだ」
 そんなことも有ったかも知れない。懐かしいことを言われアリシュアの口元も僅かに緩む。
「死ねばよかったって言ってるんじゃない。生きていてくれてよかったと思ってるさ。――だけど、やっぱり考えちまうのさ。特にさっきみたいに幸せそうなの見ると、もしかしたら今の自分がこうだったかもしれないのにって……」
 過去を嘆くこと程無意味なものはない。そんな事はランティスにも重々分かっているだろう。
 けれど失くしたものが大きい程、その悔恨も深くなる。
 ふと見れば、食堂側の入り口にぐったりしたキースレッカが現れたところだった。待つ二人を見て「いた」と情けない声が漏れたのがここまで聞こえてくる。青年は壁に手をやり呼吸を整え始めた。
 立ち上がったランティスを呼び止めアリシュアは尋ねる。
「お前の恋人、どんな人だったんだ?」
 すると男は失笑した。
「すげえ音痴だった」
 お前も気をつけろよと言ってランティスは笑いながらキースレッカの元に向かう。その背中を見ながらアリシュアは「忠告が遅すぎるんだよ」と呟いた。
 当てずっぽうの推論にすぎないと分かっていても、今の話はアリシュアの耳に痛かった。つまりアリシュアが夫を死なせたということか? 息子から父を奪ったということか?
 大事な友と夫の命。
 結婚する前に既にアリシュアはこの二つを秤にかけていたのだろうか。
 何故周囲を巻き込む必要がある。
 自分が呼び寄せた災厄なら、罪深いこの身を貫けばいいものを。





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