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「再検討……ですか」
 午前業務の合間に長官室に呼び出されたアリシュアは上司からの意外な要請に僅かに目を見張った。
 コルドはもともと乗り気では無かった筈だが、昨日のローナンの資料が余程効いたらしい。
 しかし再検討と言われても正直もう訂正箇所はない。これでも大分手心を加えた案件だった。
 変えるとすれば対応部署や内閣の意識の方だろうがこれは一朝一夕になるものではない。最も手っ取り早く強引な手段は昨日ローナンから提示された「防災訓練」の実施だが、ゴルデワ側への悪感情を増長させかねないし、実施するにしても外務庁としてはもっと時間をかけて周知させる必要があった。
「お前一人で踏ん張るのは限界がある。そこでうちと、各関係省庁から数名を抜擢してチームを作ってはどうかと思うのだが…………」
 途中で消え入る台詞に「分かりますよ」とアリシュアは続けた。
「そのためには各長官から任命書を取る必要があり、任命書を取るためには彼らの合意を得なければならない。合意を得るためには相応の根回しが必要で、その根回しを通すためには担当官の合意と承認を得なければならない……これが下まで延々続くわけですね」
「すまん。思い付きでものを言った……」
 コルドはぐったりと椅子に凭れた。
 抜擢される官にも自分の仕事がある。それと並行、もしくは放り出させてまでやる価値のある案件でなければ彼らの上司たちは同意するまい。かくいうコルドだって余所の省庁から人材を貸し出せと言われても納得できなければ突っ撥ねるだろう。
 そして「納得」の内訳とは要するに利益になるか否かである。前回実施の利得すら不透明であるのにもう一度やりたいと言ったところで歯牙にも掛けられないに違いない。
「一つお伺いしても宜しいでしょか」
 やけに改まった口調にコルドは首を持ち上げる。
「何故積極的に協力して頂ける気になったのです? 昨日の特務官の話、真っ赤な出鱈目かもしれませんよ」
 アリシュアの冷静な声にコルドはぽかんとする。その可能性は全く頭になかった。頭が働かないまま口だけが動き、途中で気付いて慌てて話題をすり替えた。
「……聞いてはいても実際にその事実を突きつけられると――っあ、いや……お前こそ何故今回の事案を決めたんだ?」
 上司の様子を気にしたふうもなくアリシュアは淡々と告げた。
「夢の実現のためです」
「夢?」
「ええ。いつか息子が結婚して孫が生まれ、その孫が成長して伴侶と子供を得る。そういう連なりを見つめながら静かに死ぬこと――、それを脅かす武力を携えたゴルデワ人の流入は容認できません」
 息子の安全が第一。アリシュアはそう繰り返していたが。
「…………それは……夢、なのか?」
「はい、夢です」
 コルドは部下の言葉が理解できなかった。そんなもの、「夢」にするような類のものではない。
 そう言うとアリシュアはそうですねと笑う。しかしその笑顔はただ表情筋を動かして笑顔の形にしただけだと直感する。その笑顔の仮面の下に底知れぬ闇を見た気がしてコルドは身震いした。
「武力に対して我々の微細な防衛力では話になりません。軍事力の拡張が無理なら不法入国者を出さない手を打つ。先代世界王政権時の関係者が檻の外に出たなら尚更」
 先代世界王。
 大混乱の中唐突に現れて慌てふためく閣僚たちを怒鳴り散らし、暴力的手段で崩れかけた内閣を立て直した。更に連れてきた部下を各部署及び被災地に派遣、数時間で実態把握を済ませると自国から多くの救助隊を動員、事態の鎮静化と並行して救助活動を開始した。自分は内閣に陣取ると瞬く間に元老院を黙らせ神をせっつき陣頭指揮を取らせた――災害と共に宮殿に強烈な衝撃を与えたあの人の政権も、纏めていた紐が外れれば有象無象と成り果てるのか。





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