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 申し訳ありませんと部下の非礼を詫びたものの、当の世界王はいっかな気にした様子もない。それどころか面白そうに閉まったドアを眺めている。
 けれどコルドの方にはそれを不審に思う余裕はなかった。再度手元の資料に目を落とし、「世界王」の記述を追う。
 出生地から始まり学歴、取得資格、そして参加戦地がずらずらと書き連なれているが戦争というものを言葉でしか知らないコルドには当然理解出来る筈もない。そこから分かるのは兎に角多くの戦争を経験しているのだなという、酷く客観的な感想だった。
 文面上はジオに入っても変わらず戦場戦場戦場。
 これだけ見ると本当にゴルデワは諍いの絶えないところだ。
 そんな殺伐とした状況が変化したのは世界王に就任してからだ。「出兵」という単語が紙面から消え、代わりに「〜政策実施」という文字が目立つようになった。
 この報告書には主要なものを挙げているのだろうが、成程史上最長、それでも随分たくさんの実績を残している。
 しかしこの文字列からその人柄を読み解くことはできなかった。
 顔を上げるとローナンがこちらを見ていた。少し小首を傾げてにやりと笑う。
「気になりますか?」
 コルドははっとして息を飲む。現世界王の言葉に反応してではない、その台詞から記憶の中の声が蘇ったからだ。
 しかし。
「……元世界王が出入りしていると聞いて気にならない方がどうかしています」
「確かに」
 ローナンはだらしなく凭れていたソファの背から身を起こして座り直した。
 もう一度報告書を読みながら「この方の」とコルドは言葉を次ぐ。
「入出記録は確かなのですか? これ以前から入り込んでいたというようなことは……」
 ローナンは首を傾げる。
「ドライブの入手時期から考えれば妥当だと思いますが……、勿論、人から借りたとか一緒に行ったなど可能性はあります。…………何か心当たりでも?」
「いえ……」
 決して外部に漏らしてはならないと脳内でまた声がする。
 そんなコルドの様子に何を思ったのか、ローナンは再び語りだした。
「退城した世界王はいくつか義務が発生します」言いながら順に指を立てる。「現政権の許可なくジオ内に立ち入らないこと。在位中に知り得た全ての情報を敵対勢力に譲渡及び売買しないこと。年に一度、監察官の実態調査を受けるか、もしくは必要書類に記入し自己申告すること――私も終了宣告を受けた事がないので細かくは知りませんが……、兎に角、今年度分までこれらの項目が侵された事実はありません」
 面白いものだとローナンは思う。
 自分の言葉一つで目の前の男の顔色は次々変わる。勿論、彼とて外交官として長いのだから素人目には分からないだろうが、荒波に揉まれてきた自分には一目瞭然だった。
 ローナンは外務庁長官の執務机の上の写真立てにそっと視線をやり、直ぐに戻す。矢張りこの事態のキーマンは「彼」だ。
「…………キャネザの案件、私の方でももう少し掛け合ってみます」
「ええ、それがいいでしょう」
 素人の忠告と世界王の出入りと言う事実が余程効いたらしい。相変わらず表情が硬い。
 その素人について話のついでのように尋ねると、とんでもなく歌の上手いアリシュアの兄を名乗る男だという。更に甥だという青年も一緒だったと続き、ローナンは目を瞬かせる。
「便宜上そう言っているに過ぎなかったようですが」
 すっかり冷えたコーヒーを飲み干しカップをソーサーに戻した。数時間前にその二人が座っていた席には変装中の世界王が座る。
 その世界王は内心可笑しくて堪らなかった。何とか自然な表情を守りながら退席の挨拶をする。
「ばたばたして申し訳ありません。直通回線は常時繋がるようにしておきますので、何かありましたらどうぞまた掛けてきて下さい」
 コルドの笑顔は微妙だった。





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あきゅろす。
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