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 長官室の窓から差し込む夕日は次第に輝きを失っていった。
 それと同調するように表情を曇らせる外務庁長官を憐れむ気持ちはあるものの、ローナンは到底同情する気にはなれなかった。
 今言ったことは可能性や予測未来ではない。過去、それも最悪の形で現実に起こったことだ。ただそれが誰も知らぬまま起こり終了しただけのこと。ローナンが今この場に居ることこそがその結果だ。
 宮殿内の人間は誰一人それを理解していないのではないかとさえ思う。解っていたのは彼だけ、年齢を理由に退いた前外務庁長官のみだろう。
 ローナンは鞄から取り出した資料を唸るコルドの目の前に置いた。
 それは以前から調べていた次元口開口装置――モスコドライブの在庫確認及び紛失物の捜索回収調査の報告書だった。
 ローナンは先ずモスコドライブの説明から始め、コルドにその特殊性を飲み込ませると報告書のページを手繰り「紛失」の頁を開いて見せた。
「……五十二」
「このうち完全廃棄が十一、残る四十一のうち十三を回収・破壊しました。現在においても不明な二十八は鋭意捜索中です。所在不明なもののうち所有者が分かっているものが十七台ですが中には複数所持している者もいます。
 この所有者は全員が現政権との交代の折、城を出た者です」
 コルドは震える手で報告書を取り、中を改めた。
 モスコドライブの詳細説明から始まり捜査経緯、回収したドライブから割り出した使用場所及び回数と突出地点。他にも現在判明しているゴルデワ側の次元口位置。最後に所有者の氏名経歴が記載されおり、これにコルドは目を剥かずにはおれなかった。そのうちの一人に「世界王」と書かれていたからだ。
 向かい側からそれを覗き込んだローナンが「困ったものです」とぼやく。
「それは私の元上司でした。当時は外務とは全くの別部署でしたが、担当者だったグランディークとは旧知の中で、公務で行き来する際に都度手を貸していたようですね。そうやってサンテという地を知ったと思われます。ドライブを手に入れたのも大方観光目的でしょう」
 経歴書には「魔術師」とある。
「ええ。言葉は元より問題ではありませんし、観光資金も術で簡単に作ってしまえます。大人しくしている分には害の無い奴です」
 害は無いなどと、自分で言っていて大いに疑問だったがローナンは言及しなかった。
 たちまち担当者が呼ばれ、もう一部用意されていた報告書が渡される。アリシュアは一瞬ローナンを睨むが直ぐに書面に視線を落とした。
「…………」
 コルド同様声がないが、決して愕然としている訳ではない。読んでいる途中で就業を告げるチャイムが鳴ったがアリシュアが席を立つことはなかった。
「これはゴルデワ政府の監督不行きに他なりませんね」
「面目次第もございません」
 悔しそうなアリシュアと涼しい顔のローナン。まるで表情が逆である。
 資料を凝視したままコレで内閣が動くかとアリシュアが問うが、コルドは答えられない。何しろ多額の資金が必要で、それを何処がどれ位出すのかという問題で壁にぶつかるのは目に見えていた。
「避難訓練の一環としてうちが三個分隊投入して疑似制圧してもいいと、今長官にも話したのですが」
「ここの命令系統は完全一本化されていますから、神さえ押さえれば後は身動き取れませんよ。五人で十分落とせます」
「それを言っちゃあ」
 アリシュアは資料から視線を動かしもしない。さも当然という口調で、ローナンも同意するように苦笑するが、コルドには到底受け入れられるものではない。
「特務官、少しご相談宜しいですか?」
「構いませんよ。私も貴女に話があったので」
「は?」
「先日の続きです」
「では結構です」
 上司に帰宅の挨拶だけ済ませるとアリシュアは早々に長官室を辞して行った。


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あきゅろす。
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