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 ジョイド・ローナンが現れたのは、その日の就業時間間近のことだった。
「いやあ、まさか貴方からお呼びがかかるとは」
 長官室の応接ソファに座ったローナンは今日もパリッとしたスーツに身を包みにこやかな笑顔だ。
 コルドは無言のまま彼を見る。
「…………お呼びした訳では…………」
 以前強引に取り付けられた直通回線を使い連絡を取ったのはコルドの方だが、用件は電話口でも十分済む程度のものだった。いや、わざわざ確認しなくても良かったくらいの用件なのだ。ただコルド自身がどうにも落ち着かず、意見を聞きたいと思っただけなのだ。
「いえ実は、うちの方で少しキナ臭いことになっていまして、事によっては武力衝突も有りうる状況なんです。――ああ、うちと言っても私のところではなく南……別の部署なのですが、そうなるとこうして城を抜け出してくるのもままならなくなるだろうと、参上致しました」
 さらりと告げられた異界の状況に驚きつつも、仕方なくローナンの向かいに腰を下ろし、昼間ある人に言われたのだがと話し出した。
 コルドを不安にさせているのはアリシュアの「兄」を名乗った男が言った「その気になればこの国を落とせる」という一言だった。
 部下が打ち出した政策にはっきりと賛同できもしないのに危機の可能性を告げられ動揺したのだ。
 コルドは要所要所の説明しかしなかったが相手は理解したらしい。回答は滑らかだった。
「世界王は政権が終了すると城を出ます。この時、その代で一定の権限を持っていた者、または地位にいた者も同様に城を出なければなりません。これは発足した新政権が、衰退して交代した前政権の影響を受けないようにする為です。勿論その弊害も多々あるのですが」
 逆に言えば政権交代で退城した者は相当な知識や情報を持つということだ。
 この知識、情報を漏らさぬようにと多額の手切れ金――口止め料が出るし監視も付くが、中には故意に開示する者もいる。
 それが元外務担当者であれば、そしてその情報が良からぬ連中に渡れば「乗り込んでやれ」となっても何ら不思議ではない。
「特に先代の5大王政権はゴルデワ史上最長政権でしたし、長らく断絶していたサンテとの外交が良くも悪くも再開されました。先の外務担当だったウィテロ・グランディーク以下、主だった歳青方は国交再開で相当な情報を持っていましたし、担当した人数も少なからずいた。そして彼らは今、城にはおりません」
 喋っている訳でもないのにコルドの喉はカラカラに乾き、コーヒーを啜った。
「加えて、現在サンテ政府はまだ対応措置が実行されていませんから今急襲を受けると被害は大きいでしょう。そういえば女史の素案はどうなっています? 内閣で審議中ですか?」
 口の中に苦いものが広がる。コルドが現状を伝えるとローナンは溜め息をついた。
「危機感がまるでないですね」世界王はソファに凭れた。「何なら我々が襲撃役を演じても構いませんよ。避難訓練の延長だと思って。……そうですね、三個分隊もあれば十分でしょう」
「分隊」
「10人前後です」
 コルドは僅かに言葉を失う。
「……省庁一つを30人で?」
 それでも大変なことだ。外務庁でさえ9千人近くいるが、それをたった20人で抑えるなど……
「いいえ、この宮殿全てを、ですよ」
 簡単だと世界王は言う。
「最初に電気系統とライフライン、通信回線等を制圧してしまえば後は神と元老院を拘束。ここは各局内の出入り口に電子ロックが掛けられますから職員の方は中に押し込んで終了です。30分もかかりませんよ」
 とんだ虚言だと退けるにはローナンの気の毒そうな表情が目につく。しかし続けて神のみを拘束拉致するならもっと簡単だとさらりと言われ、昼間の例の男の顔も浮かんできて更に胃が重くなった。


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あきゅろす。
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