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 先に息を吹き返したのはアリシュアだった。
 上司の姿などまるで目に入っていない様子でわずかな距離を猛然と詰めると、相手に掴み掛り徐にその服を捲り上げたのだ。
 素肌を晒した脇腹から、ゆっくりと視線を相手の顔に向ける。その目が水の膜に覆われるのがコルドの位置から良く分かった。
 アリシュアは抱え込むように相手の頭を抱き締める。その際「うっ!」と苦しげな呻きがあったがアリシュアの耳には届いていないようだった。
 無言ながら感動の再会、といった場面か。声を掛けづらい雰囲気の中、全く動じた様子のない男が「おい」とアリシュアを呼ぶ。
「金くれ」
 情緒のない内容にかその声にか、アリシュアは顔を上げて奥に座る男を見る。生ごみでも見るような目だ。
「…………お前ここで何してる?」
 腕の中から「甥」を解放したアリシュアの声は低い。
「観光だよ、観光」
 睨み合う伯父(仮)と叔母(仮)に挟まれている甥は、今の抱擁で痛めたのか首を押さえながらすぐ側に突き出るアリシュアの胸を避けるように姿勢を低くする。
「資金調達に来たらお前居なかったから、その間、こちらのお二人がお相手して下さっていたのさ」
 アリシュアの鋭いままの視線が上司二人に向けられ、すぐに男に戻った。
 男は肩を竦めて立ち上がる。
「では我々はこれで」ちらりとアリシュアを見、言った。「不束者ですが、これを宜しくお願いします」
 甥を急き立て男が出ていくと、アリシュアは気まずそうに上司に向き直った。
「申し訳ありませんでした」
「……あの二人はどういう関係の方なんだ?」
 溜息交じりにタインが問うと、アリシュアはさらに肩を落として身内のようなものだと答える。「甥」について尋ねると
「あの子は、私の親友が産んだ子なんです」
 と、何故か悲しそうに言った。
 国土省はどうだったとコルドが尋ねると駄目でしたと一言。面白くなさそうに眉が寄る。
 揃って執務局内に戻ると先に出た二人がアリシュアの席の前に立っていた。向かいのファレスがおろおろと静止の声を掛けるものの、男は完全に黙殺している。
 勝手に触るなとアリシュアが取り上げたのは、国土省から却下を食らった対磁力場工事の案件書類だ。
「これで却下されたって?」
 アリシュアはぎろりと部下を睨む。ファレスは書類の山の向こうに引っ込んだ。
「却下した奴はカスだな」
「余計なこと言うな」
 男を机の前から退けさせ、アリシュアは鞄から真っ黒いカードと携帯端末を取り出した。簡単な操作を済ませ、端末とカードを後ろに渡す。
「私以外から電話が来ても取らなくていいから」
 男は端末を「甥」に持たせ、自分はその覚えのあるカードを眺める。ふと隣を見る。
「大丈夫かキース」
 未だ首を押さえている以外特に変化は見られない。大したものだと思っていたが、どうやら違ったらしい。
「……背中、汗ハンパないです……」
 手首で脈をとってみると尋常でなく早い。生き物は一生のうちで心拍数が決まっているらしいが、この調子でいたら自分たちよりも先に死んでしまうかもしれない。
 文句を言ってやれと促すと「甥」は油を差し忘れたブリキ人形のように「叔母」を見下ろした。
「…………相変わらず胸でかいですね」
「お前はますます親父に似てきたな。クウインドが生き返ったのかと思った」
「……よく言われます」
 気絶しないだけまだマシというところだろう。
「あ、車貸して」
「お前図々しいにも程があるぞ! セルファトゥスは!?」
 男は肩を竦めた。
「誘ったんだけど、お前の名前出したら悲鳴上げて電話切られた。以降全く繋がらん」
 アリシュアは盛大に舌打ちして鞄から車のキーを取り出して男に投げつける。不機嫌の絶頂、という顔に周囲は震えているが、どういう訳か「甥」はほっとしたような表情で二人を見ていた。


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