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 新米技官の実力を測る業務試験がいよいよ始まった。
 試験は定時後、4日間に渡って行なわれる。試験内容は一般常識に歴史、全行政機関の役割に地方自治、そして現在所属する省庁についてと試験官との二者面談である。
 試験は本宮の1から7の総合会議室を開放して行なわれ、その試験官には例年各省庁から数名を選出する決まりだ。通常選ばれるのは任官2千年程度の者だったが今年は特例が一人混ざっていた。
 外務庁長官フェルニオ・コルドが無理を言って最終日の面談に割り込んだのだ。筆記テストを監督していればいい他の科目と違って面談は試験管にとって最も重要且つ面倒な仕事だ。それが何を好き好んで多忙の身で参加するのかと皆噂し合い、その内これは試験管役の査定ではないかという話も出始めた。そんな訳で他の試験官にしてみれば非常にやりにくい事だったろう。
 数時間前まで等間隔に机が設置されていた総合会議室には間仕切りが設けられ、一度に6人まで面談できるようになっていた。
 コルドはその中の最奥に陣取り、緊張した面持ちの若者達を捌いていった。
 終盤に差し掛かってようやく目当ての人物が現れる。これもまた裏で手を回して自分のところへ来るよう仕向けた結果だ。
「よろしくお願いします」
 ぎくしゃくと着席したのはカインであった。
 彼にしてみれば庁の長など遥か高見の人物であり、またコルドは母親の直属の上司である。下手なことは言えないぞという思いが表情に滲んでいた。
 コルドはこれまでと同様、規定通りの質問をし、青年の受け答えを手元の用紙に評価する。
 その中で少し意外に思ったのが今後の目標を尋ねて「いずれ地方官になりたい」と答えたことだった。現状、末端とはいえ国官であるものを上を目指すのではなく外へ出て行きたいと言う。
 国官に比べ地方官はずっと住民に近い。その分理不尽な要求や苦情に曝され、心身を磨り減らす者も多かった。更にはそんな住民と国との板挟みになる事も頻繁で、決して楽な仕事ではない。
 理由を尋ねると興味があるからという何ともぼんやりした回答で、そんな実情を知らないのだろうとコルドは結論付けた。
 最後の質問を投げかけ回答を得、素早く評価する。
「面談は以上だが、少し時間いいかな?」
 何事もなく終わったと思っていたところへ突然の制止だ。カインは一気に緊張した様子で、浮かせた腰を降ろした。
 コルドにとってはここからが本番なのだ。
「君のお母さんについてちょっと話を聞きたいんだ」
 するとどうしたことか、カインの表情が明らかに強張る。ぎゅっと引き結んだ口元など「何も言わないぞ」と言っているように見え、内心首を傾げる。
「キャネザはうちでもかなり優秀でね。何度か昇進話を持ちかけたんだが全て断られてしまっているんだ」ここでコルドはアリシュアがどれだけ優秀なのか、先日起きたとんでもない実例を上げて、今の地位に留まることがどれ程国の損失になるかを切々とその息子に訴えた。「試験を受けるよう、君から説得してもらえないだろうか」
 けれどもカインの返答も芳しくはない。昇進するしないは本人の自由だと言うのだ。
「母はこうと決めたら簡単に意見を翻したりはしません」
「君を護りたいからだと言われたが……どういう意味か教えてもらえないだろうか」
「……さあ、自分には母の考えは分かりかねますが」
 素直な子だとコルドは思った。思い当たる節があると態度に出ている。
 コルドは懐から取り出した名刺をカインに差し出した。「キャネザをこんなところで燻らせるのは忍びないんだ。話せることがあれば連絡して欲しい」
 初めから簡単に話してもらえるとはコルドも思っていなかった。こういう事は時間をかけて攻略するものだ。





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あきゅろす。
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