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 フィーアスが夫に会えたのはそれから5日も経ってからだった。
 一般開放日の後処理から開放されたと思っても中々夫が捕まらなかったのだ。
 誰に聞いても「さっきまでそこに」と言うばかり。以前にも似たような避けられ方をしたのを思い出して半泣きになる。
 そんなフィーアスにキリアンが「空の世界王の椅子に座って待っていたらどうか」と唆した。世界王の椅子と言っても執務用に使っているただの椅子だが、本当にそうやって待ち伏せでもしなければ会えないのではと思い始めた頃だった。
 廊下で東殿の第一秘書官のヴォイスと話し込んでいるのを見つけたのだ。ここで出直してはまた同じことの繰り返しだと思ったフィーアスは大胆にも二人に近付きヴォイスに挨拶をして夫の裾を掴んだ。
 ヴォイスには笑われたがこうでもしなければ取り逃がしてしまう。
 二人の会話はなるべく聞かぬようにしたが「ソルフは簡単に開示しない」「残った元サイセイ方でもそこまで」「将軍の没後何周年とか」「儀堂を納得させられる巧い理由がなければ召還は出来ない」「セルファトゥスを捕まえるには」「エレイジーの時とは状況が違うだろう」など耳に入ってくる。なので明日以降の仕事の状況についてつらつら考えていると、話は終わったのかヴォイスが顔を覗かせてにこりと笑う。
「大事にするんだぞ紅隆。年寄りの言う事は聞くもんだ」と言って去って行った。
 夫は難しい顔でその背中を見送っている。その状態のまま何の用かと聞かれたのでフィーアスはアリシュアから指輪の返還を求められたのだと告げた。
「ほう」夫は世界王の顔でにやりと笑ってフィーアスに視線を向けた。「私の、と言っていましたか?」
 執務室まで戻ると世界王は書類で埋まった机にスペースを作り、そこに抽斗から取り出した銀の指輪を二つ置いた。
 フィーアスに触れぬよう指示すると世界王は先に一回り小さい方の指輪を示した。
「これがあの人の。こっちが亡くなったご主人の指輪――所謂形見ですね。結婚する際に揃いで誂えたそうです」
「……そんな大事なもの……」
 何故夫が持っているのか。
「大事? ご主人のことをあることないことクソミソに言っていたが……まあ、こうして捨てずに遺している以上、大事なんでしょうね」
 何がおかしいのか世界王はクツクツ笑う。
「私の指輪を返せ、ということはこの、自分の分だけ返還を求めているという事ですかね?」
「そんなっ、そんな筈ありません!形見として持っている以上両方アリシュアの物です」
 紅隆は机上の指輪を一つ掌の下に隠し、頬を紅潮させるフィーアスを意味ありげに見上げる。
「何を怒っているんですか?」
「別に怒ってなんて……」
「俺がいつ何処で誰と何をしようと、貴女には関係のないことだ」
 フィーアスはギクリとした。
 にっこり笑う紅隆はたった一言でフィーアスの不安に止めを刺した。裾を掴むのが精一杯のフィーアスの手を冷たく叩き落し、背を向けて置き去りにしたのだ。
 目の奥から涙が迫るのが分かる。フィーアスは必死にそれを堪えた。
 それすら分かっているだろうに、紅隆はまるで取り合わない。
「女史にはプレゼントを贈ろうと思っていましてね。具体的なことは決めていないんだが、この指輪はその時まで俺が保管します。今度会ったらそう言っておきますよ」
 今度会ったら――
「次に会ったら貴方を刺すと言ってましたよ」
 紅隆は面白そうに笑う。
「手放したと言っていたのに、何で刺すというんでしょうね」
 彼の心が自分にないと、それどころか他の女にあるのだとはっきりと見せ付けられるのは、フィーアスにはもう耐えられなかった。
 何も言えず身を翻し、声を掛けてくるヴィンセントも振り切って寝室へ逃げ込んだ。




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あきゅろす。
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