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 結局、昨日の騒動の真相は何一つ分からぬまま夜が明け、出勤し、直まる一日が経とうとしている。
 宮殿内でも家でも城内でも夫に会うことが出来ず、フィーアスは一人悶々としながら仕事をこなしていた。
 お陰で仕事のペースがガクンと落ち、今日は昼の監視に行く場合ではなくなってしまった。イリッシュにその旨を連絡し、端末を抽斗に仕舞う。「フィーアス」と背後からいきなり声を掛けられたのはその時だった。
 驚いて振り返るとそこに鞄を肩に提げたアリシュアが立っている。その顔を見た途端これまでの事が脳裏を過ぎり、完全に逃げ道を塞がれたフィーアスは堪らず視線を逸らした。
 アリシュアは少しの間黙っていたが、直ぐに話を始めた。
「私の大事な指輪がお宅の旦那に取られてるの。悪いんだけど取り返してきて欲しくて。お願いできる?」
 まともに顔を見れないまま何か返事をしなくてはとフィーアスの唇が震える。けれど下手に何か言おうとすると彼女を非難してしまいそうで、堪えながら必死に声を搾り出した。
「……じ、自分で言えばいいんじゃないの?」
 言ってしまってから何を言っているのかと泣きそうになる。これでは拗ねた子供だ。
「会いたくないから頼んでるの。また会ったら刺しそうで」
 さらりと言われたが、これにはフィーアスも思わずアリシュアを見上げる。その表情は酷く疲れた様子で気だるげだった。
「それから」
 そう言ってアリシュアの手が伸びてくる。身を強張らせる余裕もなく、机に片手を付いたアリシュアがフィーアスの耳元で囁いた。
「探偵ごっこはもうお終い。いいね?」
 さっと身を起こしたアリシュアがふわりと笑う。忽ち恥ずかしくなってフィーアスは首まで赤くなった。
「……き……気付いてたの? いつから?」
「最初からよ」
「えっ」
 アリシュアは年長者が子供を優しく諭すような表情になっている。しょうがない子だなと言われているようだった。
「カインが混ざったときにはどうしようかと思ったけど、私のファンだって言ったら取り合えず信じたみたいだし、その後でエレン達も加わったでしょ? あのお陰で余計な詮索されずに済んだから」
 その一言で自分についての情報を漏らさないよう頼まれていたのを思い出し、フィーアスは内心焦った。いや、決して忘れていた訳ではなかったが、自分にとってアリシュアと夫の密会を監視する方が重大事項になっていたのだ。そしてカインは比較的フィーアスに近い感覚でこの監視に参加していたから、言わば同志のような存在だったのだ。
 もし夫にカインについて訊かれていたら、フィーアスの意思に関わらず喋ってしまっていたかもしれない。アリシュアが何故そこまで頑ななまでに自身の情報を秘匿しているのか見当も付かないがその必死さは確かに伝わってきたのだ。
 それはフィーアス自身が作り上げた蟠りよりも、もっとずっと強烈なものに思えた。
「…………あの人と、どういう関係なの?」
 思い切って尋ねたがアリシュアは答えてくれなかった。
「そんなの旦那に聞きなよ。じゃあ指輪の件、よろしくね」
 質問するどころかここ最近碌に顔すら合わせられないからアリシュアに訊いたのに。それに夫に尋ねると恐ろしい答えが返ってきそうで訊くに訊けないのだ。
 去っていく背中に未練を感じているとまたしても視界の外から声を掛けられフィーアスは肩を揺らす。
 しかもよりにもよって今度はマイデルだった。
「今の、外務庁の……ナントカだろ?」覚えていないのか。「何の用だったんだ」
 どっと冷や汗が出た。
 個人的なことだと押し通したが、勿論納得した様子ではない。
 白い目で見られたがフィーアスは仕事を理由にこの話題無理矢理を打ち切った。




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