[携帯モード] [URL送信]
59



 財務省との電話を切ったマイデルは、普段からは想像出来ない程にこやかに部下を労った。同席していたレコンが「薄気味悪い」と洩らしたのにさえ笑って聞流した。
「まさかお前にそんな技があったとは過分にも知らなかったな。ロブリー、これからはどんどん使えよ、その“必殺 泣き落とし”」
「悪党だなお前」
「はははは」
 聞けば例の予算案には水増しがあったと言うのだ。マイデルもまさか全額承認されると思っていなかったらしく、財務省から見事もぎ取ってきた部下の「女の武器」にご満悦だ。勿論フィーアスは意図してやった訳ではない。どんどん使えと言われても出来るものではなかった。
 仕事を再開して程なくすると外務庁のキャネザが面会を求めていると聞かされ、フィーアスは激しく動揺した。さっきの今で彼女に会う勇気はなかったのだ。忙しいからと断ってもらったがアリシュアも粘り「少しだけでいいから」と引き下がらない。
 弁解するつもりなのだろうか。違うのだと?
 けれども何がどう違うというのか。
 二人で食事をしている事もこそこそと会っている事も、来ない筈の月曜日に夫が来ていた事も事実なのに。
 夫が自分を見てくれないのはもう仕方がない。それでもいいからと結婚してもらったのだ。彼はフィーアスを見ない以上に他の女性も見ないから、そういうものなのだと割り切れた。
 けれども現状はどうだ。あんなに楽しそうに他の女に会いに来る。
 アリシュアが悪いんじゃない。コーザが悪いのでもない。
 ただ自分が、そんな二人を見たくないのだ。気付きたくなかったのだ。
「キャネザさん帰りましたよ」
 惨めだった。
 予想に反してというか矢張りというか、この日の昼食をアリシュアは一人で摂っていた。離れた席にいよいよ試験の近いカインを除くいつものメンバーとそれを確認しながら、フィーアスは逃げ出したい気持ちと戦っていた。
 フィーアスの惨憺たる気持ちに拍車を掛けているのは世界王の勝手を側近が容認している事だ。ヴィンセントは特にそういった面に厳しい筈なのに何も言わず肩代わりまでしているのだ。
 考えてみれば厚生労働省よりも外務庁とパイプを太くした方が良いに決まっている。自分は適切な相手が見つかるまでの繋ぎなのだろうか。
 そうだとしたら子供達はどうなるのだろう。
 育児の殆んどをエテルナやケイキ、ロアに任せてしまっている。彼らの支援が断ち切られたとき、仕事をしながら子育てなど出来るのか。
 考えれば考えるほど深みに嵌っていく。
「……私、先に戻るね」
 何とかそれだけ言って食堂から逃げ出し、手近なトイレに駆け込んで声を殺して咽び泣いた。
 その3日後のことだった。
 カインを欠いた4人は今日も監視に勤しんでいた。
 これまでの調べで男はジョイド・ローナンという名だと判明していたが、それ以上のことは全く分からない。そんなボロを出す筈ないとフィーアスだけが納得していた。
 向こうもこちらもテーブルの上には食後のコーヒーが並んでいる。「今日も進展なしか」とつまらなそうにエレンが口をつけた時だった。
 大きな音を立ててアリシュアが立ち上がった。椅子は横倒しになっており、よろめきながら後ずさるその手をローナンが掴んで何か言う。
 途端アリシュアの表情が強張り、反対側の手が素早く自分のコーヒーカップを掴み取って、なんと湯気を立てるそれを相手の顔にぶちまけたのだ。緩んだ拘束から素早く腕を取り返し、アリシュアは真っ青な顔で逃走した。
 慌てて係員が駆け寄りローナンを介抱する。そちらを気にしながらもヒューブはアリシュアを追って行き、エレンとイリッシュは野次馬根性で現場に近寄る。
 フィーアスだけが何も出来ず傍観者になっていた。





[*前へ][次へ#]

29/30ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!