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 命日や関連の式典など、多くの参列者を収容する為祭壇の間は恐ろしく広い。しかし普段はその広さが逆に寒々しい。堂の最奥に祭壇が聳えるだけの何も無い部屋なのだ。
 けれども今日は違った。
 祭壇の手前に人が居たのだ。それも清掃されているとはいえ大理石の床に寝転がり、いくつか本を広げている。
 近付くにつれそれが誰なのか分かった。フィーアスが立てる硬い靴音に気付いた様子もなく、彼は一心にページを捲りノートに書き込みをする。
 何をしているのかと思えば試験勉強のようだ。そういえば、新米技官には定期的に業務試験があり、結果によって今後の昇進にも係わってくるのだ。フィーアスもかつて経験した。
 足元から忍び寄り上から手元を覗き込めば、総務省の細かな仕組みを記した冊子や自治行政関係の分厚い書籍、電子端末も地方自治についてのページを開いている。ノートは何冊もあり、書きかけのもの以外は少し古いようだ。それらは一瞬見ただけでも見やすいのが分かるノートで、所々に赤で書き込みがされている。
「熱心ね」
「!」
 この距離で全く気付いていなかったようで、声を掛けると「うわあ!」と悲鳴が上がり堂内に響いた。
「こんなところで勉強?」
 相手はフィーアスの突然の出現に驚いて身体を起こす。固い床に肘を着いていた為に、肘から腕にかけてが赤くなっていた。
「すみません、すぐ片付けます」
「あ、待って、いいのよ。別に怒っているわけじゃないの。ちょっとビックリして」
 そう制止するとカインは手を止めて窺うようにフィーアスを見上げる。そうですかと呟いて閉じてしまった分厚い本を開いて先程のページを探す。
 フィーアスは祭壇に向き合った。そこには既に小さな花が手向けられており、手ぶらで来た事に今更ながらに気づいて祭壇の主に詫びた。
 さすがに勉強の再開はしづらいようで、カインはしおりを挟んだりしながら周りの整理を始めている。祭壇の花とその姿を見比べてフィーアスが尋ねた。
「このお花、カイン君が持ってきたの?」
「え、あ、はい。今はここを使わせてもらってますし、俺にはこれくらいしか出来ないので」
「いつもここで?」
 試験を控えた技官達には特別に勉強のための時間と場所が提供される。大抵はそこに皆集まって試験対策をしているものだが、この口振りだと彼は違うらしい。
「静かで集中できるんです」
 つまりフィーアスは邪魔をしてしまったらしい。
「ロブリーさんはどうしてここへ?」
 当然の質問をされ、これまでの経緯を思い出してしまった。「頭を冷やしに……」と言いながら冷やさなければならなくなった原因と目の前の青年の顔が繋がる。
「……あの、……カイン君」
 スキル不足でどう言ったらいいのか分からなくて、もごもごと口篭る。すっかり片付け終わってもカインは膝立ちのまま待ってくれている。意を決して、というよりも他に言葉を見つけられずフィーアスはその隣に屈み込んだ。
「アリシュアって、今恋人居るのかな?」
 訊かれた方は一瞬沈黙したが、フィーアスの真剣な様子に視線を泳がせ首を傾けた。
「……少し前に法務省のザリ技官とそういう話があって。俺は良いと思ったんですけど、母は断ったそうです。あの人でも駄目なら、今の仕事をしている内は恋人は作らないじゃないでしょうか」
「? 忙しいから?」
 カインは薄く笑っただけで答えなかった。「それよりまた厄介なのに絡まれているらしくて、そっちの方が心配なんですよね」
「厄介なの……」
 そこでカインは昔の友人が訪ねてきたときのことを語り、今はその時以上に自分との接触を絶っていること、つい先日も有無を言わせず欠勤を命じられたが従わず出勤したのがバレて物凄い剣幕で叱られたことを告げた。





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あきゅろす。
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