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 床に笑い転げる父の横を胡乱な目を向けながらワゼスリータが通り過ぎ、ゼノズグレイドとロゼヴァーマルビットは父の脇にしゃがみ込んでそのもの珍しい様子を観察しているようだった。
 夫の苦しげな笑い声と子供達が話しかける声のなか、ヴィンセントは早々に息を吹き返しフィーアスを呼ぶ。
「……いつからのご友人なんですか?」
 困惑しながらもいつだったろうと記憶を探る。タインに紹介されたのは
「…………結婚した後です……、ワゼスリータの話をしたから……」
 優秀なんだと紹介されたが、省庁が違うので係わってくることもそう無い。むしろフィーアスが惹かれたのは彼女の子育て経験の方だった。
 離婚届を置いて出奔した夫の穴を埋めるように、ワゼスリータの育児には両親や城の皆が協力してくれた。お陰で早くに仕事復帰が出来たもののやはり不安は多かったのだ。そんなときに支えてくれた内の一人がアリシュアだった。
 城にいる母親仲間のジースは未だに一定の距離を置いて子供たちに接していて、フィーアス以上に周囲に頼った養育をしていた。それはジース個人の事情に因るところが大きく、参照できる箇所が少なかったのだ。対して仕事で殆んど戻らない夫に代わりほぼ一人で子育てをしたアリシュアの育児話はとても参考になったし、母親として共感できる部分は多くあった。
 アリシュアとの友人関係は、子供という共通項が有って初めて成り立ったのだ。
 しかし昨日のアリシュアの様子を見た後では、この経緯を目の前の男達に明らかに出来なかった。何故あんなにも必死だったのか、そして何故夫達は彼女の話を聞きたがるのか、どれもこれもフィーアスには分からない。
 ヴィンセントは額を押さえて溜め息を吐いた。そんな頃から…と呟きが洩れる。
 起き上がったコーザがソファの向こう側から顔を出した。
「…………そんなに面白いですか……?」
 フィーアスは全く面白くない。
「いえ、楽しくて笑っていた訳ではないですよ。自分の周囲感知能力の粗さに呆れていただけで」
 なあヴィンセントと同意を求める。その返答は唸り声だった。勿論意味が分からずフィーアスは首を傾げる。
「そうそう、もう少ししたら俺達二人でカラファーンに行ってきますけど問題ありませんよね?」
 それは確か三つも隣の州にある町だ。田舎である。
 突然地名を言われても何のことやらである。しかし夫はフィーアスの回答を求めていた訳ではないようでヴィンセントと出発時間を確認し合っている。
「…………お城を空けるんですか?」
 世界王が出征していれば側近が、側近が外出していれば世界王が執務室に詰めていなくてはならなかったのではないだろうか。その疑問を読み取ったのか寄ってきたゼノズグレイドを膝に抱えたヴィンセントが遠い目をして大丈夫だと請け負った。
「昨日もレダが肩代わりしましたからね」
「大丈夫じゃないよ!」
 突然の悲鳴に皆一斉にそちらを向くと、やつれた様子のレダがそこにいた。ずんずん歩きながらおはようございますとフィーアスに挨拶をし、ゼノズグレイドをどかせてヴィンセントを隅へ引っ張っていく。そこで何やら小声で訴えているようだった。
「何で二人揃って行く必要があるんだよ」とか「もう無理絶対無理」とか「儀堂の相手はお前の担当だろう」など悲痛な叫びが聞こえてくるがヴィンセントの返答は冷たい。
「いいからやれ」
 そこへ支度を整えたワゼスリータが降りてきた。レダに挨拶をすると妹と話していた母に向かって時間は大丈夫なのかと問う。言われて時計を見たフィーアスは慌てて立ち上がる。まだ化粧もしていない。
 ヴィンセントに断ってフィーアスはその場を後にした。余計なことを喋らずに済んだと安堵しながら。



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あきゅろす。
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