52 血圧が低いのかフィーアスは朝が弱い。 目が覚めても中々起き上がれない。 なので仕事に遅れないように起床時間を早くして対応していた。幸いにも朝食等の仕度はワゼスリータが肩代わりしてくれている。申し訳ないと思いながらもついつい甘えてしまうのだ。 ぼんやりする頭を隣に向ける。いつもと同じように殆んど乱れのない布団にそっと手を伸ばした。キングサイズのベッドはフィーアス一人には広すぎる。 「お母さん」 前室から声がかかった。ワゼスリータだ。朝食が出来ると子供達が寝ぼすけの母を起こしに来るのがロブリー家の常だった。おはようと挨拶しながら今日はいつもよりも早いなとぼんやり思う。 「さっきね、ヴィンセントさんが聞きたい事があるって来たんだけど……」 「……え……?」 フィーアスの生態は当然ヴィンセントも承知しているし、彼は公私をきっちり分けており自宅の方まで来るのは稀だ。それを朝一で来るとなると余程のことだ。 意を決して起き上がったものの、ヴィンセントが再訪してきたのは食事が終わった頃だった。 シャワーを浴びていたらしく首からタオルを掛け、髪も湿っている。 どうしたのか、よく見れば口の端が赤くなっていた。尋ねるとレイチェルに殴られたのだと疲れた声で返答が返って来る。 「そういえば最近お見かけしませんけど……」 「ああ、俺の用で出てもらってるんですよ。そんなことより」 フィーアスの出勤時間を気にするヴィンセントにまだ大丈夫だからと言ってリビングのソファに並んで腰を下した。 ダイニングにいる子供達を気にしてか、西殿側近は身を乗り出して声を潜める。 「外務庁のイーガル氏は確かご友人でしたよね」 「ええ、大学時代の」 彼の部下にちょっと気になる人物が居ましてとヴィンセントはフィーアスの前に写真を差し出した。それを見たフィーアスは「あ」と声を上げてしまう。 アリシュアが写っていたのだ。見たことも無いくらい冷たい表情をしている、真正面からのアングルだった。 「……ご存知ですか?」 「……あ……え…と……」 どう答えたものかと口篭ってしまう。 アリシュアから自分の情報を外部に漏らさないでくれと言われたのはつい昨日なのだ。考えあぐねた末に「彼女がどうかしたんですか」と切り返す。しかしヴィンセントの静かな表情に墓穴を掘ったかもと沈んだ。 嘘を吐くのは苦手なのだ。 しかし返答は二人の向いからやってきた。 「気になるんですよねぇ、彼女」 向かいのソファの背に片手を預けたコーザが立っていた。 「その顔を見るとこう……胸がぞわぞわして息が苦しくなったり」言いながら自分の薄い胸板を撫でる。「頭がくらくらしてきて気が遠くなったり……。兎に角いてもたってもいられなくて」 フィーアスの隣では同調するように顔を蒼くさせたヴィンセントが僅かに俯く。 「気がつくと彼女のことばかり考えてしまって仕事も手につかず、困っているんですよ──なあヴィンセント」 「…………」 草臥れ切っている隣と楽しそうな向かいを見比べ、視線を正面に戻す。夫の言葉が胸に引っかかりフィーアスは言葉が出てこなかった。 妻の様子などまるで気にせず世界王は言う。 「イーガルさんを通じてでも、この人の情報を手に入れてこっちに流して欲しいんです。お願いできますか?」 微笑まれてもフィーアスは「はい」とは頷けない。ぎこちなく首を振って拒否を示した。 「い、言わないでくれって頼まれてるんです」 友人の必死な頼みを無碍にする事は出来ないと訴える。ぽかんとした顔で聞いていたコーザはフィーアスが話し終えると声を上げて笑い出した。彼には珍しく、ソファに泣きつくような笑い方だった。 隣から溜め息が聞こえた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |