[携帯モード] [URL送信]
51



 疲れ切った体を引きずって帰宅したヴァルセイアを待ち構えていた世界王は、通せんぼをするように立ち塞がる。つい昨日面会したばかりのその男は、ヴァルセイアの疲労を慮るようなことを言いながらも立ち去ろうとはしない。
「彼の遺言の相手に心当たりはありませんか」
 これはもう再三に渡り訊かれている問いだ。その度に「知らぬ」と言っても紅隆はいっかな退かない。
 体力的に限界だったのもあって、ヴァルセイアは声を荒げて否定した。
「いい加減にして下さい! 何度もお答えしている筈です」
 今日はもう自宅で眠るのは諦めた方がいいかもしれない。宮殿に引き返してソファで休もう。このまま踵を返して走る。この男は追ってくるだろうか。
「そうですね。しかし貴女が本当のことを仰って下さらないので、私もこうして何度もお尋ねしているに過ぎないのですよ」
「……私が、知っているって言うんですか!?」
 紅隆は口元に笑みを湛えたまま首を傾ける。
「思い当たる人物が居るのではないか、と思っています。何故といって、貴女方に彼の遺言をお知らせしたとき貴女ははっきりと苦い顔をされていましたから」
「言いがかりです」
 ヴァルセイアとは対照的に世界王は余裕に溢れている。
 この質問をされる度、あの光景が蘇る。後頭部、背中、足、そして振り返った目。笑う口元。
 ヴァルセイアを見下ろす顔、首筋、鎖骨、胸、肌に奔る傷、腹……。
 いつもそれらを振り切って質問者を睨み返すのだ。今回もまた同じように紅隆を威嚇する。
「…………困りましたねぇ。貴女といいハクビーズ殿といい、庇いたてる義理があるとは思えないのですが」
「……は……?」
「仕方ありませんね。もう遅いし、いつまでも女性を引き止めてこんなところに突っ立たせておくのも不躾に過ぎる」
 閉まるに閉まりきれないでいるガラスに手をかけ、紅隆は自動ドアを完全に固定した。そのまま道を譲るように静止する。
「また折を見てお伺いさせて頂きます。おやすみなさい」
 いけ図々しいとはこの男のための言葉だろう。
 どうぞ、と中へ促されるもののヴァルセイアの足はそう簡単には動かない。紅隆だって戻る筈だ。どうするのかと窺っていると男は察した。五基あるエレベータを振り返る。
「貴女とは別のエレベータに乗りますよ。私と狭い密室で二人っきりは嫌でしょう?」
 この言葉にカチンと来た。ヴァルセイアは紅隆を追い越してエレベータに乗り込むと、男にも乗るように命じる。「宜しいですか?」と微笑むのを無視した。
 ドアが閉まると魔王と密室に閉じ込められているという状態を急に意識しだした。今、何をされても誰も助けに来ない。
 ぬ、と伸びてきた手に身を硬くするが、紅隆の手はヴァルセイアを通り越してその背後の操作パネルの階数ボタンを押した。
 17階と24階が押されたのを見てはっとする。24階はヴァルセイアの住む階だ。
「このマンションの何処に誰が住んでいるのかは、昔調べました」
「…………」
 エレベータはまず17階で口を開けた。
「では」
 煌々と明かりの灯る廊下を進むその背中は、直ぐにエレベータのドアに遮られる。ヴァルセイアは壁を背にして座り込んでしまい、24階に到着しても立ち上がることが出来なかった。


[*前へ][次へ#]

21/30ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!