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 外務庁では終業時間を過ぎても殆んどの者が残っている。それは長官も同様で、毎日毎日片付かない仕事に追われていた。
 変装した世界王との面談から戻った部下にどんな話をしていたのかと尋ねても謝罪しましたと言うばかり。三時間も掛かるものなのかと糾しても「掛かりましたから」とけんもほろろ。
 それだけの遅れがあったにもかかわらず、更に他の者よりも格段に仕事量が多いにも関わらず部下は今日も今日とて時間内に綺麗に片付けて帰っていった。
 能力がありながら今の地位に置いておくのは勿体無い。空の席を横目に、重い体を引きずってコルドは長官室に戻る。
 世界王と係わりたくないから昇進が嫌なのか。息子の身の安全を保証しろと頭を下げたキャネザの姿が浮かぶ。
 詳しく話を聞きたくともキャネザは口を噤んでしまったし、総務省にいる息子本人に突撃するにしても外務庁長たる自分が新米技官を名指しで呼び出すのも目立つ。
 どうしたものかと悩みながらリクライニングチェアに身を沈め深く息を吐き、眉間を揉んだ。
「お疲れのようですね」
 唐突に声をかけられてコルドは音を立てて椅子に預けた身を起こす。見れば、今朝タインが座っていた場所に世界王が居た。昼間ローナンとしてやってきた時のスーツ姿のまま、髪や表情だけが紅隆に戻っている。
 一瞬で全身の毛穴が開くような感覚。世界王が居るなど聞いていない。
「…………いつからそこに居られました」
「10分程前でしょうか。失礼かとは思いましたが、勝手に入らせてもらいました。表から入ると皆さんをお騒がせしますので」
 全く気付かなかった。
 紅隆の座る席はドアを開ければ見える。コルドは彼の目の前を通り席に着いて溜め息を吐いた事になる。考えを口に出したりしていなかったろうかと焦った。
「キャネザ女史の事についてお聞きしたいのですが」
 どきりとした。何があろうと自分の情報を漏らさないでくれと言われた側から尋ねられてしまうとは。
 コルドは動揺を必死に押し隠してやはり処分した方が宜しいでしょうかと訊いた。いやいや、と紅隆は手を振る。
「今日お話させて頂いてすっかり気に入ってしまいましてね。本人にも尋ねたのですが中々守りが堅い。そこで勝手に調べようと……。いやお恥ずかしい」
「……………………」
 意図が分らずコルドは無意識に眉を寄せていた。「余程の事がない限り」と口だけが勝手に動く。
「職員の個人情報の提示は出来かねます。あれをお気に召して頂いたのは大変結構ですが本人は貴方との接触を望んでいないようです。……その、昨日もその為にあのような暴挙に出たというのもありまして……」
 言外にあまり構いつけてくれるなと言ったつもりなのだが紅隆は素知らぬ風にそれは残念だと肩を落とす。けれども世界王は諦めなかった。嫌がっているのを落とすのもまた面白いのだと言って笑うのだ。
「ところで彼女、ご結婚されてお子さんが居るというのは本当ですか?」
 強張っていたコルドの顔が驚愕に震えたが、すぐさま取り繕う。
「お答え出来ません」
「ローナンとしてこちらにお邪魔した際に聞いたんですよ。残念ながらキャネザ女史についてはそれだけなのですが、皆さんお喋りが好きで他にも色々……」
 ちらりと窺い見られ、今朝のキャネザの台詞が蘇る。
 ────何があっても、という意味を
 キャネザは知っていたというのか、この世界王の圧倒的なまでの圧力を。
 黙ってしまったコルドに苦笑し、紅隆は立ち上がる。
「今日のところはこれで失礼します。後日改めてローナンが参りますので、その際はよろしくお願いしますね」
 にこりと微笑むその背後で空間に縦線が奔りばっくりと口を開ける。その向こうには白い廊下が覗いていた。

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