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 紅隆といえば。そう思い当たってコルドは再び尋ねる。
「ところで、ジョイド・ローナン氏は知っているだろう。彼をどう思う?」
 訊かれた方は急な話題転換に聞こえるだろう。しかしキャネザの表情は微動だにしなかった。
「鬱陶しいです」
 にべも無いとはこの事だ。コルドは苦笑した。
 立ち上がり机をぐるりと回って二人の座るソファの前に立つ。仁王立ちしたまま問いを重ねた。
「彼が誰だか、知っているかね?」
 それまで正面の壁を睨んでいたキャネザが、初めてこちらを向いた。視線がぶつかったまま世界王だろうと答えが返ってくる。
「顔を見れば分ります」
 ほぼ分からない者だらけの外務庁の中にあって、彼女のこの言葉はなんと頼もしいものだろう。他の部下達に対する懸念が「そうだな」という台詞を翳らせた。
「そのローナン氏がお前と話がしたいそうだ」
 今日の午後一で来ることになっていると伝えるとキャネザは表情を曇らせた。関わりたくない、鬱陶しいと言った矢先に会えと言う上司二人を白い目で舐める。
「謝罪をしろというなら行きますが、話すことなどありません」
 今までの話で、この回答は十分に予測できていた。
「では謝罪をして来なさい」
 先方が不問と言うのとこちらが頭を下げるのとではまた別問題だ。それは承知しているようでキャネザは反論しなかった。
 しかし退出を命じても動かなかった。辞表の受理を確約しろと言うのである。勿論そんなもの聞き入れられよう筈はない。
「辞めてどうするというのだ」
 苛立ちながら訊けば適当に暮らすという。これ程有能な人材を遊ばせておける余裕は──以前紅隆が言った通り──サンテには無い。
「退職は認めない。お前はこれまで通り業務を続けなさい。……西殿にも言われているしな」
 最後の呟きが聞こえたのか、キャネザは目を見開いてコルドを凝視する。数秒そのまま固まっていたが、そのうち膝の上に置いてあった手が拳を作った。
「あの男は、余所の人事にまで口を挟んでくるんですか!?」
 いきり立つ部下に水を差すようにタインが淡々と言う。
「初めから彼らの要求は人事の変更だ」
 ぎろりとタインを睨んだが、キャネザは直ぐに大人しく面会と辞職不受理に同意した。同時に、一つ要求をしてきた。
「何があっても、私の個人情報を一切外部に漏らさないと確約して下さい」
 首を傾げながら勿論だと答えてもキャネザは満足しなかった。
「何があっても、という意味を理解しておいでですか? 例え端から順番に元老院の首が落とされても、開示するなと言っているんです」
 その顔には鬼気迫るものがあったが、今度はとても容易く頷ける内容ではない。何を言っていると洩れた声も驚きのあまり掠れていた。
 しかし彼女も必死である。
「私が何より大事なのは息子です。あの子の安全が少しでも脅かされる事態を容認できません! 長官!私と息子との関わりが世界王方に洩れることだけは、どうか……!」
 全く訳がわからない。
 縋るような部下の目は、今にも土下座でもしそうな程強くコルドを見上げてくる。
 この会話の流で何故彼女の息子が絡むのかも分らなければ、何故紅隆がその安全を揺るがすと言っているのかも理解できない。混乱したままタインを見れば、彼も同様にこちらを見ていた。
 結局キャネザはそれ以降一切口を開くことはせず、黙々と仕事をこなし瞬く間に昼を迎え午後になった。
 約束通りローナンが姿を見せるとキャネザは仕事の手を止め、立ち上がる。ハラハラとその様子を見ていたコルドとタインは同行を申し出たが「取って食ったりはしませんよ」と笑うローナン──紅隆に押し留められてしまう。
 キャネザは三時間、戻って来なかった。


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