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 世界王への暴行事件はその日のうちにコルドの耳に入っていた。慌てて内閣府へすっ飛んで行き会談の終わった紅隆を捕まえて平身低頭謝罪したのだが、ゴルデワ側の反応は意外なものだった。
 何事も無かったかのようにけろりとしていたのだ。
 紅隆本人だけではなくその護衛達ですら全く気にしていなかった。
 寧ろ「良い人材をお持ちですね」と感心される始末で、凄まじく肩透かしを食らった。クレイと名乗った秘書官らしき男からはキャネザを処分するには当たらないと何度も言われ、事件の隠匿を確約された。
 執務局に戻り改めて箝口令を敷いたのが昨日の話し。
 だから目の前に突き出された書状を受け取る訳にはいかなかったのだ。
 外務庁長官室。席に座るコルドと机を挟んだ向かいに立つキャネザ。その後ろ、ドアの脇にはタインが控え、共に朝一番の仕事に当たっていた。
 世界王側からの「お咎めなし」を伝えると、それまで憮然とした顔で聞いていたキャネザはそうですかと返答した。「では一身上の都合という事でお願いします」
「キャネザ……」
 頑なな対応は昇進話をした時と同じだった。あの時は引き下がったコルドだが、今回はそうはいかない。
「勿論今直ぐとはいかないのは承知しています。引継ぎもしなくてはなりませんから、あと数日は……」
「キャネザ! 待ちなさい全く……」
 話を遮ったコルドは、くるりと椅子を回転させて横を向いて部下が提出した辞表を手に取る。
 よく見るとそれは昨日今日書いたような真新しいものではなかった。微かな皺が寄っているのが見える。
「事情も聞かず、こんなものは受理できない。今言ったように今度の件は不問としてくれたのだ。ましてや一身上の都合など……」
「周りが黙っていませんよ」
「箝口令は敷いた」
 加えて、世界王側はその場で自分達の非を認めたのだ。出てきた文句を拾う必要は無い。
 とりあえず座るように命じ、椅子を戻す。部下は大人しく応接セットのソファに腰掛けた。
 タインにも座らせ歪な三角形が出来上がる。鋭角の位置からコルドは部下に事情説明を求める。まるで法廷のように裁判長と検事、そして被告人が揃った。
 昨日は体調が優れなかったというキャネザだ。世界王に捕まれ自制を失ったというのは理解できる。だからコルドは別の訊き方をした。即ちゴルデワ人が好きか、嫌いか。
 キャネザの答えは簡潔だった。
「普通です」
 タインが「普通」の内実を問う。
「そのままの意味です。──厚生労働省のロブリー女史と親しくさせて頂いているのですが」タインが頷く。「彼女のご主人が世界王であるのは承知の上で付き合いを続けています。もし私がゴルデワ人を嫌悪しているなら、そもそもあの家には近付かないでしょう」
 最もである。でも、とキャネザは続けた。
「世界王個人に関して言えば、極力関わりたくありません」
 斬って捨てるような口調だった。
 しかし外務庁は得てしてそういう者達の集まりなのかもしれない。「外務」などという業務は「対ゴルデワ」と同義である。皆、志を持って入庁してきた者ばかりだが、集団の中の一つとなる事と己一固体のみで魔王と相対するのとでは違う。かつてコルドがそうだったように。
 キャネザの現在の立場は集団の中の一つだ。しかし昨日のあの事件は、その沢山のうちの一つから紅隆が選び出した──一対一の構図になってしまったのだ。
 その紅隆も良く分からない男だ。
 殴られた本人の癖に、昨日会った時には妙に機嫌が良いように見えた。元老院の干渉を阻止すべく来た筈なのに。
 後でコクトーに聞いたところによると、会談中は一言も発することなくにやにやしているだけだったという。いったい何の圧力かと不気味がっていた。




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