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 そのうねる金髪を見た途端、籠もるように体内で渦を巻いていた熱や吐き気がすう、と引いていくのが分った。それまで気分が悪かったのが嘘のように頭が冴える。
 オルネラはあと1mこちらに寄れば捕縛機能が作動する位置に佇んでいる。来い来いと念じながらゆっくりと立ち上がると、あら、と女は首を傾げた。
「何処かで……お会いした事があったかしら?」
 一瞬ひやりとするもののアリシュアは初対面を装う。
「さあ……。擦れ違ったことがあるのかもしれないわね。あなた春宮付きの人でしょう?」
「ええ、でもそれも今日でお終い」
 え、と目を見張るアリシュアをちらりと見やり、オルネラは暇乞いをしてきたのだと告げた。
「何!?」
 突然突きつけられた最後のチャンスに思わず素が表に出てしまった。当然相手は怪訝そうな顔をする。
 大きな日陰の中で対峙する二人。オルネラが目を細めた。
 その目の色ががらりと変わる。柔らかみを持っていた光が、急速に冷え鋭くなっていくのが分った。
「お前……もしかして同業か……?」
 低くなった声に「え?」と空惚けて聞き返すと女はふいと顔を逸らしてまた戻した。その頃にはもう先程の剣呑な光は微塵も無い。
「ごめんなさい。何でもないの」
 車を拾ってくるわと身を翻そうとするのを慌てて呼び止める。離れられては困るのだ。
「少し休めば平気よ」身体の不調がじわじわと戻ってきた。「大丈夫」
 胸を擦ってふうふう息をする。目の前で苦しんでいる人間を見捨てる事はするまいと少しばかり大袈裟に体調不良を訴えた。
 しかしオルネラはじっと見つめてくるばかりで動こうとしない。
 まさかまだ疑っているのかと疑念が湧く。それとも何もかも見透かされているのだろうか。
 ちらりと窺うと、女の視線はアリシュアを飛び越えて背後──裏口へ注がれていた。それを追う様に振り返ろうとした時、そのドアが開いて業者らしい男が二人出て来たのだ。更にその後ろからは彼らを見送りにでも来たのか職員が続いていて、彼らは外の様子に足を止めた。
 オルネラはその職員にアリシュアを託し長い髪を靡かせて立ち去ってしまう。
 大丈夫ですかと声を掛けられながら、アリシュアは蒼い顔でその背中を口惜しく睨み続けていた。
 ほんの数歩の距離、届かなかった。
 翌日、陽も昇りきらぬ頃に出勤してきたアリシュアは昨日放り出したままになっていた仕事を片付けにかかった。
 体調は戻ったが、当然気分は晴れない。
 無人の第一執務局で黙々と作業を続け一時間後には綺麗に片付けてしまう。出来上がった書類を副長官の机に置いて昨日の分のメールをチェックしようとした時にようやく異変に気づいた。
 机の片隅に置いていたあの擬似結晶体が無くなっていたのだ。
 あの状況の後である。世界王が持ち去ったのかもしれなかった。
 しかし舌打ちするにはまだ早かった。結晶体が置いてあったすぐ隣に白い小箱が取り残されており、悲鳴を飲み込んだアリシュアは慌てて中を検めた。
 痛恨のミスとはこの事だ。瞼を下ろし、昨日の自分を呪う。
 座ったまま一頻り地団太を踏んだ後の対応は早かった。書棚から職員名簿の分厚いファイルを取り出すと自分の分を抜き取り、同内容のデータ類にはロックをかける。引出の奥から辞表を引っ張り出し、まだ寝ているだろう息子へ電話を掛けた。
 まだ夢の中に片足を突っ込んでいるらしい息子に仕事を休むよう有無を言わさず命じた。半日経っているから手遅れかもしれないが、何もしないよりはいい。
 後は事務課が開いたら職員の個人情報の絶対非開示を呑ませる事だ。今のアリシュアに出来るのはもうその程度しかない。


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