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 事情説明を求められ、自分が引かされた貧乏籤を思いながらキリアンは厚生労働省医薬部局次長ロブリー女史に相対する。ダグラス以下潜入組みも執務室書記官達も一斉に身を引いてしまい、ただ一人押し出される形になってしまったのだ。
 以前ディレルが兎に譬えていたその人は、成程睨み上げられても全く怖くない。普段職場で阿修羅もかくやというデコ助やらにっこり笑顔の腹黒男、典型的キャリアウーマンなどに囲まれている身にはこの小さな人が何をしていようと空気清浄機くらいにしか感じなかった。
 聞いてるんですかと怒られ、居住まいを正す。仕方なくキリアンは一から事情を説明した。
 先頃、新案としてサンテ政府に提出したデレインの処遇を巡る問題で、ゴルデワ側は内閣官房府の案に対する進捗状況を逐一監視していたのだ。以前紅隆が外務庁長官に状況を視察するかと尋ねられたのを断ったのは、既に手の者を潜入させていた故に必要無かったからだ。
 順調に議会を通って行ったのだが最近になって滞り始めた。どうやら元老院が口を出しているようなのだが決定的証拠が掴めない。その為春宮に潜入しようとしたところ弾き返されたのだ。
 デレインと元老院の問題はまた別である。デレインは国民に一切非公開で処遇を決めても問題ないが元老院体制の廃止となるとそうはいかない。元老院を牽制するだけらなこのタイミングでの世界王の非公式訪問で片がつく。
 紅隆は今着替えに戻っているのだと締め括るが、フィーアスの表情は硬くなったままだ。
「……一言相談してくれても……」
 不満そうにする彼女にキリアンは首を振る。
 これは明らかに──今更という気もするが──内政干渉だ。それを事前に、嘘をつくのが下手な彼女の耳に入れるのは、今後のフィーアスの立場を思えば避けるべきであった。何より反世界王派の筆頭のような上司の追及を逃れ切ることは不可能だろう。
 だというのに連れて来てしまって、紅隆は一体何を考えているのか。
 その紅隆が、後ろにヴィンセントとサイノを従えて戻ってきた。すっかり元の彼に戻っていたが着替えは完了してはおらず、まだワイシャツのボタンを留めている。
 サイノが差し出したネクタイを首に掛け「終わったか?」とキリアンに訊く。
 キリアンはじろりと紅隆を睨み、文句はあちらにとフィーアスに示した。
「私が」
 夫の手からネクタイを取り上げ、フィーアスは無言でそれを締めた。シャツの襟を整えサイノから上着を受け取り彼に着せ掛ける。ボタンを留めて左腕に腕章を通す。
 さすがに無言の重圧に耐えかねたのか紅隆は自分の世話を焼く妻の手を無理矢理止めた。
「聞いたでしょう? 何か言うことがあるんじゃないんですか?」
 飄々とした調子にフィーアスは世界王を睨み上げる。
「今度のことは誠に遺憾です。監視を付けるなら初めからその条件で素案を提出するべきです」
「世界王の手先の常駐など、政府は承認しませんよ。それでは通るものも通らない」
 睨みあう二人にダグラスが口を出した。
「そもそも、こうも易々と潜入を許す警備体制が既に問題でしょう。ここが一般企業なら産業スパイのいいカモだ」
 こら、とシモンが同僚を小突く。重たくなった空気を笑顔のキリアンが手を叩いて吹き飛ばした。
「はいはい、そこまで。ダグラスは残るんだろ? じゃあ二人は装備を換えて。ヴィンスもそれで準備はいいのかな」
 今まで黙っていたヴィンセントが軽く頷いて会議室に入ってくる。いつも上げている前髪が降りていて随分印象が柔らかくなっていた。シモンとフィリーナはボディースーツの首元を操作し、一瞬で軍服に早替わりする。
 驚くフィーアスを尻目に世界王西殿一向は奇襲の準備を完了させたのだった。

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あきゅろす。
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