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 血糖値が下がっているのが自分でも分った。
 昼を大きく過ぎてようやく一区切りついたので、エネルギー補給をしに席を立つ。もうこの時間では食堂は閉まっているだろう。よろめく身体を引き摺って購買へ向かった。
 噛んで飲み込む暇もない故に栄養剤の注射で済ませる事を考えたら自分などはまだ楽な仕事なのだと分るものの、現実に身体を苛む空腹感と目眩は理屈でどうこうなるものではない。
 辛うじて残っていたパンを買い求めたフィーアスは今すぐこの場で口に入れたいのを我慢して食べる場所を探す。
「あれ? もしかして昼まだだったんですか?」
 そんな声が掛かったのは購買から僅か10メートルの所だった。振り向いた先にいた見知らぬ男性はフィーアスの困惑などお構い無しに側へやって来る。その顔が近付くにつれ、底を付いていた筈のエネルギーが一気に体温変換された。
「……コーザさん…………えっ……?」
 驚いたことに夫はまるで別人のような姿をしていたのだ。まず特徴的な髪色が黒くなっていたし髪型も違う。何より普段は着ないようなピシッとしたスーツ姿は頭の回らないフィーアスを混乱の極みに叩き落した。
「丁度良い。ちょっと見てもらいたいものがあるんですが、今いいですか?」
「え」
 何を、と尋ねようと口を開くのと同時に不満を訴えるように腹が鳴った。
 真っ赤になって俯いてしまったフィーアスに構わず紅隆はその手を引く。
 連れてこられたのは使われていない共同会議室だった。中にはキリアン他、見知った顔が幾つもある。どうやって此処へと訊かなかったのは、本来スクリーン壁がある筈の壁がぱっくり口を開け、良く知る内装が覗いていたからだ。紅隆が月陰城の自分の執務室とこの会議室とを繋げたのだ。勿論無断だろう。
「うわっ、フィーアスさん!」
 フィーアスが驚いたのと同じように向こうも現れた人物を見て焦りだした。何連れてきてんだと紅隆に食って掛かる。
「ちまちま調べるより知ってる人に訊いた方が早いだろ」
 準備をするから食べて待っていてくれと言われ、離れた手を惜しく思いながらもフィーアスは長机の隅に座る。空腹の絶頂である今、安い購買のパンが物凄く美味しく感じた。
「ああ、食べながらで」
 紅隆と共に不承不承という顔のキリアンとザインマーがフィーアスの前に陣取る。机の上に置かれた光学モニタが映したのは春宮だった。
「実はこの二十日ちょっと、潜入捜査をさせてもらってましてね」
「は?」
「春宮に入れないんですが、最近何か特殊な工事をしましたか?」
 変装中の世界王の背後に、ブン、という微かな音と共に突如として三つの人影が現れた。
 専用のボディースーツを着用することで全身どころか上から装備した物まで姿を消してしまえるというとんでもない技である。光学迷彩、以前そんな名前の技術なのだと教わった。
「カメレオンみたいでしょ」と笑って言っていたのは誰だったか。
 実際に諜報活動をしていたという三人がヘルメットを外す。当然の如くフィーアスも知った顔で、口の中のものをよく噛みもせず飲み込んでしまった。
 キリアンがモニタを操作すると、ズームアップして白壁がいっぱいに映し出された。見る限り何も変化はない。
「……いえ、聞いてませんけど」
「ですよねぇ」
 どうする?と背後を振り返り、世界王に指示を仰ぐ。横から「専門家を呼んだ方がいい」と潜入装備に身を固めたダグラスが進言したが、紅隆は頷かなかった。
「この国に変なのを入れたくないのは分るけどさぁ……」
 考える素振を見せたものの一瞥の元にそれを黙らせ、春宮は捨て置けとだけ言い壁面の西方執務室に身を翻す。その背中をキリアン以下、会議室内にいる全員が困ったように見送った。


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あきゅろす。
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