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 世界王西殿が自らのプライベート区域内で唯一改造して作らせたバーカウンター付の酒貯蔵室の中でも貴重な品ばかり七割程消えた日の翌週、サンテの国会議事堂の外務庁長官室に彼の姿があった。
 一月前の公式訪問の折は正装をしていた西殿だが、今日は随分と趣きが違う。
 ライトグレーのスーツに革靴、止めはその特徴的なオレンジ色の頭髪が黒く変わっていることだった。撫で付けられた髪に手をやり「地色のままだとスーツは似合わなくて」と説明する。こうなるともう印象が違いすぎて誰だかわからない。
 この日の訪問もコルドに直接、内密にアポイントメントを取ったので誰にも構えられることなくこの場に来る事が出来た。紅隆は対面に座るコルドの微妙な顔に気付いて苦笑する。
「お気に召しませんか?」
「いえ……」
 彼は直ぐに取り繕って仕事のモードに入る。
 先月の対談の中でも取りざたされた大罪人の処遇について、サンテとゴルデワとで意見が真っ向からぶつかっているのだ。
 紅隆はデレインを捕縛した直後からサンテ政府内での厳罰処遇を要請している。しかしサンテ政府には武力による反逆を出した先例がなく、事情聴取を尋問へ、年期逮捕処分を終身もしくは処刑へと移行した処置を取ったことがない。降って湧いた重罪にという腫れ物に誰も触れたがらなかった。
 何でもいいからさっさと処遇を決めろと急かしても「検討中」といってずるずると時間ばかり引き延ばす。結局紅隆が身柄を預かり、半ば人質として法の改正案の早期施行を迫っていた訳だ。
 この件でも障害になったのが元老院である。
 口喧しくあれこれ指図して高額報酬を要求するくせに責任は取らず、紅隆が出入りするようになってからは場当たり的な措置が目立ち始めた。紅隆が早々に彼らの排除を求めたのも仕方がないし、ぶよぶよと肥太ったレニングスを蹴り飛ばして踏み躙ったのもまた当然──レニングスがゴルデワ人だったら或いは命が無かったかもしれない程だから、まだ温情のある対応であるとも言える──だと思っている。
 そうやってサンテ側が右往左往しているうちに放置されたデレインは鬱症状が出始めた。彼女から聞き出すことは全て仕入れたので後はサンテでの処分を待つばかりなのだ。どうせもう社会復帰は見込めないのだし国民に公表しろというのでもないのだから煮るのか焼くのか決めてもらいたい。
 コルドの役目はヴァルセイア率いる内閣官房府と世界王との意見調整なのだが、どちらも頑として折れず中々話が進まない。胃の痛い思いをしていたが、先月、紅隆が折中案を提示してきた。
 内閣官房府は今、水面下でその案を進めている。
「そのお姿なら誰も気に止めないでしょうから、内閣を視察して行かれますか?」
 探るように訊ねられ、流石にそこまでの干渉は良ろしくないと紅隆は笑って辞退した。
「しかしこの恰好の方が皆さんをお騒がせせずに済みそうですね」
 フィーアスがこの外務庁で倒れているのが発見された翌日、とんでもない恰好で訪ねたのだが気付かれてしまったようだった。毛髪の色素配合を弄ってまともな服装をしているだけなのだが今日は誰も客が紅隆だと気付かなかった。非公式訪問の折は今後これで来ますと言うと、コルドは頬を引き攣らせる。
「勿論連絡は入れますよ」
 その連絡だって今回のように極秘裏にだろう。コルドは頭を抱えたいのを何とか堪えた。
 預かった資料を机に置き、紅隆を見送りに立つ。忙しく働く職員達の間を縫って入り口に差し掛かったとき、廊下から入ってきた人物とぶつかりかけた。
「すまん、大丈夫か」
「はい、失礼しました」
 その相手は、崩れかけたファイルの束を速やかに抱え直していたが、次の瞬間ぎくりと顔を強張らせた。

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