[携帯モード] [URL送信]
36



 サンテが州として各地を統治しているのに対しゴルデワは独立した国々の上位者として世界王が存在する。
 一国一国がそれなりの力を持っているから、この上に君臨し続けるのは大変なことだ。政治、武力、経済、司法において何よりも秀でていなければならない。巨大な力という抑止力を持って初めて一対多数の構図が成り立つのである。
 世界国家管理政府の役目は各国家に対して平等に強制権を行使することである。戦争の介入、株価の調整、住民不満の排除。人民が心穏やかに、争いもなく暮らせればこれ程の規模を構える必要はないのである。
 ジオが巨大な武力を持つのも世に争いが絶えないからなのだ。
 今回のように大国同士が激突した場合、土地が破壊及び汚染される可能性が高い。コミュニティの集合体である国家が滅亡しようと代わりは効くが、土地となるとそうはいかないのだ。
 その土地特有の資源や生態系が失われるばかりでなく、下手をすれば周辺国民も立ち退きを迫られる。この皺寄せは意外に大きい。
 七ヶ月も掛かった今回の四大国間騒動も小競り合い程度で無事収束し、世界中が安堵した。この件で最も神経を磨り減らしていた世界王西殿側近ヴィンセント・クレイも報告を聞くなり椅子に深く身を沈めた。
 これで眠れると心の底から湧き出した声の横で、紅隆も部下を労う。
「まだ監視は残してあるけどこれで大丈夫だろう。微調整も各首脳陣に任せてあるし調印も済ませたからな」
 ザインマーは脇に抱えたファイルから五種類の調印書を取り出して西殿側近に手渡した。金箔の飾られたそれには四大国の各代表の直筆署名と拇印が捺印されている。
 ヴィンセントは全てに目を通し終えるとキリアンに厳重保管を命じ、ソファから腰を上げた。
「……腹減った……」
「サンドイッチ用意してくれてるよ」
 まるで幽鬼のような背中に声をかけると短い返答を残してヴィンセントは執務室を出て行った。フィーアスが用意してくれる軽食は西殿のプライベートルームに置いてあるのだ。紅隆以外の者がこうも易々と出入りして何がプライベートかと言いたいが、何処も似たようなものなのである。
 俺も、とザインマーが続くので紅隆も立ち上がった。
 広いばかりのリビングも今日ばかりはガランとした印象はない。出征していた計四班のほぼ全員がそこに集い、既に彼らの為にと大量に用意されていた軽食に手を付け始めていた。
 そんな中、紅隆の末の子を膝に座らせその髭面をにやけさせて世話を焼いていた男が、新たに入ってきた二人に気付いた。おう、と片手を上げて紅隆を呼ぶ。
「ロゼフ、今食ったら昼飯入らなくなるぞ」
 息子は「はいるもん!」と自信有りげに言うが、それは絶対に嘘だと紅隆は知っていた。
 隣に腰を下すと、ロアは自分の膝のロゼヴァーマルビットを紅隆の膝に移動させる。その間も子供は一生懸命サンドイッチを頬張っていた。
「お前ら良くやった!」
 声に振り返ると、酒瓶一杯のカートを押したヴィンセントが奥から出てきたところだった。息子を支えたまま俄かに腰を上げた紅隆などそ知らぬ風に「紅隆から褒美だ」とカートを男たちに差し出す。当然の如く場は狂喜乱舞した。
 紅隆の制止も空しく次々に封が開けられていく。ヴィンセントを睨んだが逆に意味ありげに見返され紅隆は再び腰を下した。今の状況はどう見ても藪蛇だ。
「いいだろう?」
 近寄ってきたヴィンセントの顔は今にも鼻で笑いそうだ。仕方なく紅隆は唸るように同意する。
「ぼくも」
「お前はこっちだ」
 ヴィンセントが差し出したのはジュースの入った子供用のコップである。ロゼヴァーマルビットは嬉しそうにそれを受け取ると、周りの大人たちを真似してあっという間に空にした。

[*前へ][次へ#]

6/30ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!