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 廊下の先で立ち話をしている同輩と自分の側近の背中を見ながら、ルシータはそっとフィーアスに話しかけた。
「マクベスですけど、そのお茶会には出られないと思いますよ」
 悪戯っぽい笑みを見つめながら、フィーアスは忙しいのだろうと一人で納得した。彼はもう高校生だ。
「まあそれもありますけどね。……あの子、彼女がいるみたいなんですよ、かなり年上の」
「へぇ……」
「だから放課後は大人彼女との時間に当ててるみたい」
 実感が湧かなかった。
 城内に住む子供で一番年上なのはマクベスとアムロだ。その下にフィロル、リヴ、ワゼスリータと続く。
 フィーアスが嫁いできたとき、男の子二人はまだ学校に上がったばかりだった。そんな頃から知っているから、身長を追い抜かれてもフィーアスにとって彼らはまだまだ子供だったのだ。
 それが、アムロは自らの進路を定めて城を出て行ったし、マクベスには恋人がいるのだという。月日というものを感じずにはいられなかった。
「エーデには内緒ですよ」
 マクベスそっくりの──マクベスがエーデに似たのだが──横顔が不意にこちらを向いた。内密にと言った側から洩れたかと危惧したが違ったらしい。直ぐに紅隆に顔を向けたのでホッとした。
「エーデさん、知らないんですか?」
 彼とは十分距離があるものの、フィーアスは小声で訊ねる。返答もまた小声だった。
「というか、誰も知らない筈ですよ」
「誰も?」
 では何故ルシータは知っているのだろう。マクベス本人が彼女にだけこっそり打ち明けたのか。
「私は聴いただけですけどね」
 どうやらそうらしい。友人達の恋愛話を聞くばかりで結婚するまでフィーアスは男性と付き合ったことはなかった。最近の子は大人なんだなと僅かに頬を熱くする。
 微笑みながらその様子を見ていたルシータは、話の終わった側近に帰りを促されてフィーアスと別れた。もう少しおしゃべりをしたかったが、大人しくしないと何を言われるか分らなかったのだ。
「何の話してたのよ」
 掴まれた右腕が痛い。不満を訴えながら訊くと「いろいろだよ」と眠そうな声が低く言った。
 月陰城は主に九つのエリアに分けられる。
 世界王の最大人数である六棟の城と中央制御室を含むライフラインの管理部分、地下ブロックとその他周辺を囲む各局だ。それで一つの城を形成しているわけだが、これが恐ろしく広い。
 城内の移動には城内車やリフトを使わねばならない。執務区画を抜けると直ぐにエーデが乗って来た車が現れた。
 この車は完全オート操縦である。ある程度速度は変えられるが、目的地を入力すれば勝手にそこまで移動する代物だ。手動運転させて事故でも起こされては堪らないということらしい。
 南方が使っている第五棟へ目的地指定を済ませたエーデはずっしりとシートに沈み込む。三度の飯より睡眠がいいという彼だ。今にも寝てしまいそうだったがまだ申し送りが残っていた。
「駄目だな」
 昨日の決裁内容を呪文のように淡々と喋っていたエーデの声に被せるようにルシータが言う。彼女は西方執務室を振り返るように背後に首を回した。長い髪がばさりと音を立てる。
「もう駄目だ、早く手放してしまわなければ……、だってさ」
 首を戻して乱れた髪を整える。エーデが目で続きを促した。
「あんなに熱い視線で見つめといて『手放さなければ』だなんて、紅隆はどういうつもりなのかしらね」
 眠気を訴えていたエーデの顔に非難の色が浮かぶ。
「……聴いたのか」
「寝起きは防御が緩むのよ」
 不可抗力だとの主張にも側近の渋面は消えないが、ルシータは歯牙にかけなかった。再開した申し送りを上の空で聞きながら、あの可憐な異国の彼女に襲うだろう荒波を予感して、そっと眉を寄せた。


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あきゅろす。
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