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「う〜ん……」
 ソファに寝転がって唸る紅隆に働けとヴィンセントの叱責が飛ぶ。
「なぁんか、もやっとするんだよなぁ……」
 どうしたのかとエテルナが訊ねる後ろから「フィーアスさんに祓ってもらえば良いんじゃない?」と笑いながらレダが言った。
 そういう事ではないのだ。
 魚の骨が喉に引っかかったというか、ごつい男の女装趣味を目撃してしまった時の気持ちというか……。何だいそれとまた笑うレダが「ああ」と納得した。
「あれかい? 前にやったよねぇ。エーデが」
 似合っていただろうと遠くから声。
「ヴィンス、それ本人に言ったら鞭が飛んでくるよー」
 体調が悪いのかとエテルナが心配する。取り敢えず完治したとは言え相手が相手なので油断は禁物である。あの女の使う毒は特別だ。リサイズ出来ない以上今の体を大事に使う必要があるのだか、早くも問題かと恐れたのだ。
 そうではないと分ってホッとしたが、では一体どうしたというのか。
「それが分らんからもやもやするんだよ……うっ!」
 うんうん唸っている紅隆の腹の上に分厚いドッチファイルが無造作に放り出された。
 ヴィンセントである。
「働け」
 エテルナが文句を言うが西殿側近はまるで取り合わない。渡したファイルに目を通すよう命じて執務室を出て行ってしまった。
 ファイルを捲ると細かい字がびっしりと紙面を埋めている。
 現在、西軍の第一、五、十三、二十二班が合同で取り組んでいる案件の経過報告である。とある四大国間で長年に渡り続けられた緊張状態がこの程破られようとしているのだ。国交断絶くらいならまだ良いのだが武力衝突となるのはどうやら避けられない。しかし距離の離れた大国が四つ巴の戦争を始めるとなると周囲がただで済む筈がない。
 戦地に選ばれてしまう国の治安情勢やらこれによる経済効果及び損失やら、戦争の波及で何かに付けて騒動があるのは必死であるが、ジオとしてはそう易々と開戦されては困るのである。
 一国に一班をつけ調停をさせており、その摺り合わせ役として西軍の軍師が別個で乗り込んでいる。これはその軍師から送られてきたものだ。
 紅隆はぱらぱらと捲って速読してしまうと、ファイルをソファに残して立ち上がった。その場に居たキリアンに細々と指示を出して執務机に付いた。デスク端末を起動させテレビモニタに切り替える。チャンネルを回すと例の四大国間争議の内のさる一国内から中継しているニュースにあたった。ここに乗り込んでいるのは第五班だ。
 この問題が片付かない限り他の事に手も付けられない。
「……勅命とか言って国ごと解体してやろうか……」
 呟いただけだったが思わぬ所から返事が返ってきた。
「ちょっとやめてよ。レヴォノラ公国はうちの管轄なんだから勝手なことしないでよね」
 現れたルシータは両手にどっさり袋を提げている。疲れたぁと声を上げながらそれらを置き、背後に紅茶を要求する。
 エテルナからカップを受け取ったルシータは置き去りにされたファイルの隣に身を沈めた。
「これいつものね。──ねぇ、ファッションショーしたいんだけど」
「今何時だと思ってんだ。もう寝てるわ」
 ルシータは月に一度、ストレス発散のため丸一日使って買い物をして回る。その際ツイズ家、ウィルッダ家の女の子、そしてロブリー家(紅隆含まず)にと服を大量に買い漁って来るのだ。今日がその日だったらしい。
 同僚の苦情など意に介さずルシータは袋から戦果を取り出してみせる。何やらごちゃごちゃと説明を始めたが紅隆に理解出来る筈もない。
 部屋を用意したからとエテルナが声をかけると、ルシータはあっさりと披露を止め先導に続く。
「いやはや、凄まじいね」
 その背中を苦笑いのレダが見送った。


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