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 もやもやする。
 呟きを拾った妻が、味濃いですか?と眉尻を下げた。
 久しぶりに定時で上がった(紅隆がマイデルにお願いした結果だ)フィーアスは、夕食時に顔を出した夫のために腕を振るった。まともに顔も見れない日が続いていたからこれ程嬉しい事はない。
 それなのに失敗したのかと慌てたが、夫は違うと手を振った。
 ぼとりと派手に零した息子の世話を焼きながら、コーザは体にこびり付くような違和感を拭えずにいる。
 今日のサンテ政府訪問はまずまずと言って良い。ヴァルセイアの硬い対応は予測内に留まったしコルドとの対談も前進はあった。
 ジオがサンテ政府に要求しているのは唯一つ、第二のギボールを生まない事。
 幾ら本人の希望があったからとは言え、まんまと手に掛けさせられた側からすれば当然の要望である。その為には根本的な原因である元老院の排除は必須だ。
 過去脈々と元老院の台頭と共にあった彼らに簡単に切り捨てられない心情があるのは理解しているが、癌を抱えた身で何が出来るの言うのか。癌は早期発見早期治療が鉄則であろう。
 連中を癌ないし悪性腫瘍だと認識しているマイデルとは、この点でのみ意見が一致している。
 コーザは向かいに座る妻を見つめる。小さな子供の居る食卓では世話をする大人はかなり忙しいのだが、彼女は楽しそうにゼノズグレイドの世話を焼いている。コーザが妻に気を取られている隙にロブリー家のトラブルメーカーが盛大に子供用のスープーカップをひっくり返した。
「あ〜」
「あ〜、じゃないだろ、ったく。……あ〜あ〜」
 ワゼスリータが布巾を取りに動き、フィーアスが立ち上がって他の皿を避難させる。なにやってるのーとゼノズグレイドが弟を叱った。
 辛うじて床への被害は免れたが、食卓の上は大移動を強いられた。一息ついても油断できないのがロゼヴァーマルビットという男である。その小さな手が皿に伸びるたび長女の制止が飛ぶ。
「お父さん、ちゃんとコントロールして!」
 無茶を言うな。
 何が面白いのかフィーアスはにこにこしている。咎めるように視線を送ると、受け取った妻の頬がほんのり色づいた。そのうち視線を受け止めきれず顔を赤くしたまま俯いてしまう。娘にどうしたの?と問われ慌てて顔を上げた。
 片付けを手伝い下の子供達を風呂に入れる。疲れを癒すどころか逆に拾ってきた紅隆が城に戻ると、廊下でにやけ顔のレダと遭遇した。
「家族サービスも悪くないだろう?」
 面白がっているのがありありと分る。その頭を引っ叩き、連れ立って執務室に入った。
 西方の最大の権力者は世界王側近である。
 世界王は君臨者ではなく調整者だ。君臨者の内は丼勘定で通用しても世界王となったからにはそうはいかない。それをこの議堂出身の側近は良く分かっていた。
 オールバックにした茶髪、深い渓谷を作る眉間の皺、右口元の黒子が印象的なその男は、秘書官達と簡略会議の最中だった。紅隆が戻っても振り向きもしない。
「愛妻の手料理は美味かったか?」
「お前こそ、筱路の所へ行かなくて良いのか?」
「黙れ」
 淡々と返され紅隆は肩を竦める。決裁しろと示された書類の山にげんなりしつつ大人しく席に着き作業を始めた。
 一仕事終える頃には会議の決着も付き、決定した方針が世界王へ伝達された。内容は勿論、本日行なったサンテ政府外務庁長官との対談に基づいたものだ。
 途中から会議を傍聴していたとはいえ懐疑的な反応を示す世界王に「納得させるのがお前の仕事だ」とヴィンセントは突き放す。
「エルダにでも頼ってみる?」
 世界王の補助で同じく傍聴参加だったレダが悪戯っぽく言えば、その場の全員が微妙な顔をする。
 北の歩く法律を引っ張り出す代償は非常に高いのだ。

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あきゅろす。
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