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 翌日、一人で昼食を取っていると肩を怒らせたイリッシュが端末片手にアリシュアの前に現れた。
「ザリ技官と付き合ってるって本当なの!?」
 まるで異国語のような台詞が耳を通過していく。口に届かなかったコーンポタージュがテーブルに零れた。
「一昨日のイケメンはどうしたのよ!」
 紙ナプキンでテーブルの汚れを拭きつつイリッシュに座るよう命じた。可愛い顔でぷりぷり怒りながら端末を起動させ、器用にも仕事をしながら文句を言う。
「一緒に食事はしたけど」
「その後ホテルに入るのを見たって人がいるのよ!」
「一回寝ただけで付き合った事にされる訳? 冗談でしょ」
 しれっとした返答にイリッシュが嘆く。イリッシュによると彼はいろんな省庁の女達に人気があるらしい。彼氏持ちのくせに何故そんな情報に精通しているのかと問えばキープするのに越したことはないという事だった。見掛けによらず強かな女だ。
 事情説明を求められ、アリシュアは昨夜の事を余すことなく語った。食事に誘われたこと、再婚の考えを問われたこと、ずっと慕っていたと告白されたこと、脊髄反射で断ったこと、記念にと体を差し出したこと。聞き終わったイリッシュは酷い頭痛を堪えるように額を押さえている。
「あんたと一緒で、ランティスと食事してたのを見て危機感を感じたとか言ってたなぁ」
 アリシュアにしてみれば酷く不愉快な想像である。あの馬鹿を男と見たことはないし向こうもこちらを女だとは思っていまい。吐血しそうな勢いの相方に仮装大会月間なんだよと真面目な顔で言っていたくらいだ。
 不服そうにしてはいるものの、イリッシュは退き下がった。これ以上の追求は無意味だと悟ったのだ。
「でも気をつけないさいよ」イリッシュはアリシュアの皿からから揚げを掠め取る。「昨日の噂随分広まってるから、ザリファンの嫌がらせが有るかも知れないわ」コップの水も奪い取って空にした。
 嫌がらせとは穏やかではない。毒針でも仕込まれているのかと問うと「何それ」と笑われた。
 わざわざ仕事を抱えてまで訪ねてきてくれた事に感謝し、アリシュアは昼休憩を終えて仕事に戻る。しかしどんな変事も起きぬまま就業時間を迎えた。お先に、と声をかけて執務局を出ると廊下で息子と鉢合わせた。
 外務庁は総務省の新人が出入りするような所ではないので、自分に会いに来たのは直ぐに分った。昼間の忠告を思い出す。もう息子の耳にも入ったのだろうか。
「実は昨日ザリ技官に断られたんだ。告白しても良いかって」
 息子の話は寝耳に水だった。
 アホの襲来一つで意を決した彼の決断力には頭が下がる。徒労だったが。
「え、断ったの?」
 意外そうな声にアリシュアは笑う。新しい父親が欲しかったのかと問うとそんな歳じゃないと叱られた。
「そういやアレどうなったんだよ。お客さん」
「追い出した」
 昔の知人が居るから来るなと連絡したのは押しかけられた日の深夜だ。度々やって来る息子とあの阿呆共を鉢合わせる訳にはいかなかった。
 男共は追い出したがまだ市内には居座っている筈だった。会いたかったなと呟くので探すなよと念を押した。
「どんな人達なのさ」
 答えを渋っていると特徴を知らなきゃ避けようもないと生意気を言う。一理あるので鞄から端末を取り出して無理矢理撮らされた写真画像を見せる。アリシュアを挟んで笑い泣き寸前のランティスと白目を剥いたセルファトゥスが写っている。それぞれ「アホと、馬鹿だ」と説明した。
「ねえ、この写真くれよ」
「!? 探す気だろ、駄目だ!」
 探さないよと言いながら息子は母の手から端末を奪い、画像を自分の端末に送信した。
 仕事に戻ると駆け出したどら息子の背中に嘆息し、アリシュアは端末を鞄に仕舞った。

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あきゅろす。
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