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 食事を終えたタインはクレイと名乗った男に導かれ階段を上がる。
 途中、風呂から上がったばかりのロゼヴァーマルビットが裸のまま足元を駆け抜け転びそうになった以外にトラップはなく、弟を捕まえて叱るワゼスリータの声を背中に聞きながら先導に続いた。
 到着したのは主寝室だった。ノックと共に声をかけたクレイが返事を待たずにドアを開ける。中は広く、直ぐにソファが目に入ってきた。この家の部屋は全て仕切りのない二間構造で、ドアの位置からは奥の間は見えないようになっている。ソファの上にはフィーアスのショルダーバッグが無造作に放り出されていた。
「どうだ?」
 ベッドのある奥の間には流石にそのまま踏み込むことはせず、クレイは手前で立ち止まり中に声をかけた。
 前室からの明かりと仄かな照明だけの薄暗いベッドの上に人が寝そべっているのが見える。その人物はクレイの呼びかけに応え上体を起こした。
「特に何ともないようだ。外傷もなかったし暴行を受けた痕跡もない」
 寝息を立てているフィーアスの頭をやわやわと撫で、その手を頬に滑らせる。起きる気配もない様子に苦笑して、紅隆はベッドから降りた。
 その光景をタインは奇妙な思いで見ていた。
 フィースとは大学からの長い付き合いである。互いに恋愛感情が芽生える気配すらなく清い友人関係でやってきた。
 紅隆が慈しむように抱いていた女がどんな美人でも驚きはしないが、それがフィーアスとなると話は違うらしい。今まで見えなかったフィーアスの中の「女」を見せられているような気がして、落ち着かなかった。
 妙な話だ。彼らの結婚式にも出席したし、彼女の腹が膨れるのを三度も見たのに、タインはフィーアスに徹頭徹尾「女」を見ていなかったのである。
「クレイが話したかと思いますが」
 目の前に立つ紅隆の声にタインは我に返った。
 外務庁の廊下の壁に凭れるようにして倒れていたフィーアスを発見したのはつい二時間程前だった。
 呼吸と脈はあるものの呼んでも揺すってもまるで反応がない。ほんの数十分前に別れたばかりの彼女にどんな変事が起きたのかも分らぬまま、救急車を呼ぶ傍らで彼女の家に連絡を入れた。
 程なく電話を換わった紅隆が病院には搬送せずこちらへ連れてくるよう要求してきたので、やってきた救急車を引き返させ、代表してタインが送り届けに来た。玄関先で待ち構えていた紅隆はタインの挨拶も弁明も聞かぬまま妻を抱きかかえて中に舞い戻る。タインを屋内に迎えてくれたワゼスリータは更に食事を振舞ってくれた。
 食事の最中、現れたのがクレイだ。スペキュラーの件の折、通された月陰城内で何度か会った男だった。
 クレイが告げたのは、フィーアスが予告した公式訪問の日取りだった。
「何分ごたごたしていまして早くとも来月頭になってしまうんです」
 紅隆は申し訳なさそうな顔だが、タインとしては願ったり叶ったりだ。ほぼ一月の猶予が与えられたのである。
「公式通知は後日させて頂きます」
 横からクレイが言う。タインは頷く。その前に各方面に根回しをしておく必要がある。
「今日は本当に有り難うございました。部屋を用意しますのでどうぞ泊まって行って下さい」
 紅隆の申し出にタインは仰天した。実際食事だけでも不味いのに、外務庁職員が世界王宅に泊まったとなれば大問題だ。何なら城の客室でも良いですよと言われ卒倒するかと思った。丁重に辞退を述べると紅隆は残念そうにする。
「……フィーアスは一体どうしたのでしょうか……」
「さあ」紅隆は妻を振り返る。「あの様子だと朝まで起きないでしょうから、子細はそれからですね」
 責任問題を問われる覚悟で来たのに、世界王の意外な落ち着きようにタインは拍子抜けした。

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