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 厚労省主催のシンポジウムが開かれた日の夕方、市内の大通りで車七台とバイク一台を巻き込む多重玉突き事故が発生した。重軽傷者十六名を出す大惨事だったが、幸い死者は出なかった。現場の初期対応が良かった為らしいが、その対応とやらをしたのが偶然居合わせた紅隆とダロクだったのだ。
 彼らは救助作業に手を貸し、駆けつけた救急隊員の手際の悪さを怒鳴りつけたらしい。ダロクの応急処置の方法も凄まじく、現場での開腹と止血縫合は救急隊員の度肝を抜いた。
 その時警官が撮った写真が先月、巡り巡ってマイデルの元に届いたのだ。以降頗る機嫌が悪い。
 自分が薬剤師やら大学教授やらにおべんちゃらを言っていた頃、紅隆達は他国民の救助活動をしていたと知った時の上司の顔は凄かった。まさか知らないうちに事故被害者二人を見舞っていたとは口が裂けても言えない。
 荷物を取りに戻ったフィーアスは溜め息をつきながら長官室の扉を眺める。無人の長官室に上司の幻影を見ながら、どう言ったものかと肩を落とす。
 業務的に見れば、世界王の公式訪問に厚生労働省は無関係である。訪問予告を外務庁長に伝えたのだからゴルデワとのパイプ役としてフィーアスは十分役目を果たした。
 しかし紅隆嫌いを公言して憚らない上司に、紅隆に嫁いだ自分が訪問予告のあった事を伝えないのは非常に不味い。けれども話しかけるのも憚られるような状態の相手に、この話題を振るのは恐ろしかった。
 エントランスを抜け外に出ると、街路樹の向こうに星の輝く夜空が見える。美しい光景だが、この程度ではフィーアスの心は到底晴れない。
 とぼとぼと歩いていると、ふと視界の端が青白く光った。しかし辺りを見渡してもそんなものは何処にもない。見間違いだったかと諦めると、また光った。
「……何?」
 今度は確実に見えた。上だ。
 光った。
 それは一定間隔で明滅しているようだった。議事堂の屋根の向こう側が光源らしく、東側の夜空の星が光を浴びて消えていた。
 あちらには財務省と国土省があり、中庭があり、回廊が伸びている。不審に思いながら、フィーアスは宮殿内に引き返した。外を回るより中から行った方が早い。
 廊下を進んでも窓から見えるのは夜景ばかり。中庭に出ても何もない。
 また、光った。
 まだ奥からだ。しかしこの奥となると春宮しかない。
 誰か呼びに行った方が良いだろうか。厚生労働省はもう無人だが、外務庁ならまだ大勢いた。ショルダーバッグから携帯端末を取り出してタインの番号を呼び出した時だった。
「!」
 中庭をコの字型に囲う本宮の奥に見える春宮の大屋根。先程から続く光が、まるで燃え広がるように屋根を覆っていく。フィーアスは端末を握り締めたまま駆け出した。
 中庭から春宮へ行くには回廊を渡って廊下を進み、何度も角を折れねばならない。ただこの道順は春宮の中に入る順路であって、春宮の外側へ行くには途中で非常口から外へ出る必要があった。
 廊下を走る途中、フィーアスはタインに電話をかけた。あの春宮の様子はただ事ではない。しかしコール音が続くばかりで一向に通じる気配はなく、諦めて通話を切る。
 外へ出ると夜気が火照った体に気持ちが良い。しかしそれを堪能する暇もなく春宮へ急ぐ。
 今は光に覆われた春宮の白壁が見えてくる頃には、フィーアスは肩で息をしていた。額にうっすらと汗が浮かぶ。
 呼吸を整えようと膝に手を付いた。日頃の運動不足がまさかこれ程とは思わなかった。今度自分にも出来るトレーニング方法をケイキに聞いてみようと決心し、顔を上げた。その時。
「あ」
 茂みの向こうに人影が見えたのだ。誰かいる。
 唐突に後ろ首を突かれたのは次の瞬間だった。


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あきゅろす。
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