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「これからどうするんですか?」
 男の問いに返す答えを、俺は持っていなかった。
 故郷は既に無く、当時の知人や仲間も散々になって久しい。
「……此処に来ては頂けませんか?」
 来ても何も、既にそういう手筈である。
「いえ……そうではなく……」
 男が言うには、自分の政策について客観的な意見が欲しいというのだ。
「ご意見板ならもう居るだろ?脳みそ腐ってんのが」
 男は苦笑するに止め、再度頭を下げてきた。
「……俺を飼おうって言うのか」
「もう少し適切な表現をして頂きたいものですが……。………一時的にではなく、ずっと此処に、居て欲しいのです。叶うなら、側に、居て欲しい……」
 男はギュッと手を握ってくる。
「結婚して下さい」
 男の目は真摯ではあったが、俺にとっては全く理解の外の話だ。
 たっぷり10秒沈黙した。
「……心配しなくても生まれてくる子の親権はお前にあるんだ。俺はどうこうする気はないよ」
 ぺったんこな自分の腹をバシリと叩く。これが膨らむ前に政権を明け渡さねばならなかった。
「……………。……子供には、母親が必要でしょう?」
 そうだったのだろうか。破綻したあの母子を見たからか、この言葉には頷けなかった。
 彼女が子供嫌いなのもあり、父親の生前時から母子が2人きりになる事は先ず無かったと聞いている。ゼラ本国からの通いで不在の時の方が多かったのに、子供は父親の方に懐いていた。何故か。
「あなたにとっては私の妻など役不足でしょうが……」
 瘤付きだろうと、世にこの男の妻になりたがる女はごまんといるだろうに、態々自分にそんな話を持ってくるなど。
 溜め息を吐く。
「最初に言ったろーが。俺に対して『責任』とかメンドクセー事考えなくていいからってよぉ。子供って言い出したのも足開いたのも俺じゃねぇか。
 大体お前、世間様に何て言い訳するんだ?敵と内通所の騒ぎじゃ済まねぇぞ?」
「公表はしません。それに厳密には、私が結婚するのはあなたではなく、先日造った戸籍の人物とするのであって問題はありませんよ。それにね」
 男は一旦言葉を切り、にこりと笑った。
「我々はあなた達を敵だなんて思っていません」
 大嘘吐きめ。
 お前は思ってなくてもお前の周りはそう思ってるだろう。
「責任を取るなんてつもりでこんな事言い出したんじゃありません。私は、男として女性のあなたに惹かれているんです」
「……あ?」
 男は頬を染めた。
「好きなんです」
 …………駄目だこりゃ。働きすぎて頭がおかしくなっている。
 手を伸ばして男の頭をグリグリと掻き回した。
「アホかお前、寝言は寝て言え。どうせまた寝てないんだろ。だからくだらん事考えるんだよ。俺ももう帰るからお前さっさと寝ろ」
「睡眠なら十分摂ってます」
「その疲れきった顔のどこが十分なんだよ」
 男は悄然と項垂れる。ぐしゃぐしゃになった髪を整えることなくそのまま覆い被さるように抱きついてきた。
「嫌ならそう言って下さい」
 これを払い除けるのは簡単に出来たが、俺はしなかった。ただつっ立って、されるに委せている。
 絞り出したようなテノールが耳元で鳴った。
「……一緒に、戦って欲しいんです」


 あの時そう言ったくせに。
 結局あの男は「私」にも何一つ言わず。


 死んだ




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あきゅろす。
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