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「今の世界王って誰なんだ? 財務担当はナレイズ・ウィルッダだって聞いてるけど」
 残すなと注意され、渋々皿の上を片付けながらランティスが問う。食べ終わったアリシュアはコーヒーを飲みながら首を傾げた。
「……ウィルッダって誰だ?」
「ほら、絶対支配の」
 入れ替わりの激しい食堂内で長居しながら、アリシュアは古い記憶を掘り起こす。ガヤガヤと騒がしい中で暫く悩んだ。
「あ、あれか? ユリエルの血塗れペット」
 そうそうとランティスが頷く。しかしそんな名前だっただろうか。
「……うちに来るのはベースニックだよ。後は知らん」
 今度はランティスが首を傾げる番だった。腕を組み右手で持った顎を右に左に捻る。結局分らなかったらしく、ふうんと曖昧な返事が返ってくる。セルファトゥスなら一発で分っただろう。
「俺にもコーヒー持ってきてよ」
「帰れっ」
 結局無料のコーヒーサーバーまで立たされたアリシュアはぶつぶつ文句を言いながらカップをセットする。起動ボタンを押したところで徐に左腕を掴まれた。
 見れば頬を上気させたイリッシュが興奮気味に詰め寄ってくる。
「ねえ、あの人誰!? 紹介してよ!」
「紹介って……あんた彼氏いるでしょ」
「そういう問題じゃないの! アリシュアが見知らぬイケメンと食事しているなんて大事件、放っておけないわ! 友人として、カイン君の新しいパパになる人にご挨拶しなくちゃいけないじゃない!」
 大きな瞳をきらきら輝かせた彼女は、鼻息荒く「ね?」と懇願した。しかしアリシュアの表情はこの上なく渋い。
「待って、訂正箇所が二つある。イケメンでもないし、あんなボンクラと再婚なんかしない」
 気色の悪いこと言わないでよね、と注ぎ終わったカップを手に席へ引き返す。後ろからはしっかりとイリッシュが付いて来ていた。
「会わせるのはいいけど、あいつには私が結婚して子供がいることは絶対に言わないで」
「? 何でよ」
「いいから」
 席に戻ったアリシュアはほら、とぞんざいに男の前にカップを置く。その後ろから顔を出したイリッシュが「こんにちわぁ」と猫撫で声を出した。
「こんにちは」
「ご一緒してもいいですか?」
 有無を言わさず付いてきたくせにとアリシュアは内心鼻白んだ。席に着いた隣でイリッシュが自己紹介をしている。そもそも食事は済んでいるのだ。ご一緒も何もない。
「観光ですか?」
 地元民かと聞かれたランティスが観光に来たのだと答えると、イリッシュは不思議そうににする。この辺りは行政区画で面白いものなど特になく、宮殿の見学という行事がなければ一般人は寄り付かない。
「傷心旅行です。半年前に、結婚を考えていた恋人を事故で亡くしまして。それを知った知人が連れ出してくれたんですよ」
 隣では、まあ、とイリッシュが出し入れ調節自在の涙で大きな目を潤ませている。アリシュアもこれには驚いた。
「そうなのか? 言えよお前」
「それどころじゃなかったろうが」
 アリシュアはぐっと口を噤む。昨夕、駐車場で待ち伏せを受けた後の騒動を思い出せば確かにそんな雰囲気では全くなかった。
 イリッシュが弔辞を述べるとランティスは薄く笑って礼を言う。夫のことが思い出され、アリシュアには何も言えなかった。
「今日はお一人なんですか?」
 知人はアリシュアの家に残して来たのだと答える。昨日泊まったのだと聞いてイリッシュはやにわに興奮しだした。
 詳しく聞かせろと目で訴えるのを退けていると、向いから微かな笑い声が飛んできた。何とか発作を抑えたランティスはコーヒーで一息つくと、イリッシュに対して「これからも仲良くしてやって下さい」と余計なことを言い出した。
 言われた方はキラキラしながら軽快に請け負ったのだった。

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あきゅろす。
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