21 国会議事堂は月に一度だけ一般公開日がある。出入りできる場所には限りがあるものの、小学生の社会見学などにはうってつけなだけにこの日の人口数は極端に跳ね上がる。反比例して仕事の進捗は遅れてしまうのだが、国民への還元と諦めるのが習わしになっていた。 そんな騒がしい日の昼。 「アリシュアちゃーん! お昼にしよー」 外務庁第一執務局に軽やかな男の声が響き渡った。職員達が振り返ると入り口を塞ぐように一般男性がにこにこしながら立っている。当然の反応で、男に向けていた視線はアリシュアに移った。 「………先輩………?」 困惑したファレスの声に押し出されるように、アリシュアは財布を手にしてゆらりと立ち上がる。最奥の次官席でぽかんと口を開けていたタインに短く謝罪し、入り口を占拠していた男の前に立った。 「申し訳ありませんがここへの一般の方の出入りは禁止されております。速やかにお引取り願えますでしょうか」 「うわ何だそれ、キモチ悪」 一拍。 バチンと物凄い音で平手を食らった男が悲鳴を上げて床に転がった。その間もアリシュアは笑顔を貼り付けている。 「喉を潰されたいのでしたらそのまま寝ていても構いませんよ。如何致しますか?」 その脅しは効果覿面だった。男は血の気の失せた顔で起き上がると執務局内に向かって「お邪魔しました」と声を震わせながら頭を下げた。その左頬にはくっきりと掌の跡が浮いていて何とも滑稽だったが、誰一人として笑うものはいない。 アリシュアは「お昼行って来ます」と背後に告げて男の腕を引いて食堂へ向かった。 「お前一人か。セルファトゥスは?」 右手で打たれた左頬を押さえたランティスは、今ので一気にテンションが下がったのか、気だるげな声を出す。 「あー、気絶してるよ」 「はあ?」 「お前昨日の夜干した洗濯物取り込まなかっただろ。起き抜けに、吊るしてあったブラジャー見てぶっ倒れた」 アリシュアは怪訝な顔のままだ。 「ほら、お前ら付き合い長いから」 要するに記憶の中のアリシュアと今のアリシュアのギャップが激しすぎて脳が処理できないのか。 「アホかあいつは」 食堂は立ち入り制限がされていないため何処のフロアも込んでいた。 何とか空席を見つけて食事にありつく。頬が腫れて口が開かないとランティスが文句を言うが黙殺した。 「何しに来たんだよ」 「飯食いに」 向かいの席をぎろりと睨む。しかし相手は動じた様子もない。 「お前らが密入国しているのをジオにリークする事だって出来るんだぞ」 「ふうん。けどどうやってそれを証明する? 俺らの顔を知っている奴を連れてくるのか?」 「密告すればいい」 「だからどうやって」 アリシュアは水で口の中の物を流し込む。さも当然という顔で言った。 「神の執務室奥には直通回線があるからそれで」 ぐっ、と向かいで奇妙な音がする。喉を詰らせたらしくランティスはしきりに胸を叩いていた。 「と言っても、即位式の前に部屋数を調整するから、今は何処にあるのやら分からんけどな」 もしかすると双方既に見つかって処分されているかもしれない。しかし宮殿内でそんなものが見つかったという話をアリシュアは聞いたことがなかった。 「…………全く、どいつもこいつも」 カランとフォークを放り出し、だらしなく背凭れに身を預ける。ランティスは雑音混じりに溜め息を吐いて髪を掻き回した。 食事をする気はもう失せていた。 「そういうのってさ、協力者がいないと出来ないよな?」フォークをつまみ、パスタを突く。「誰?」 「お前には関係ない」 「関係はないけど興味はある」 アリシュアは向かいの席を見もしない。黙々と食事を口に詰めていたが、そのうちぽつりと言った。 「死んだ」 [*前へ][次へ#] [戻る] |