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20



 就業を告げるチャイムが国会議事堂全館に流れる。
 その侘しいメロディを聞いて手を止めたのは、やはりアリシュア一人だ。
「せ……先輩……、手伝って下さいよぉ……」
 堆く詰まれた資料の山の向こうからの情けない懇願にも眉一つ動かさず、アリシュアは帰り支度をする。
「やだよ、私残業はしない主義だから。もっと要領良くやれば言い話でしょ」
 鬼、悪魔ぁ、と喚くファレスをするりと無視して今日もアリシュアは一人帰路に着く。
 廊下を進み階段を下りていき、更に進んでエントランスへ出る。行き交う人々はどれも忙しそうで、足早に歩いている。その間を縫って外へ出ると、辺りはすっかり日が傾いていた。
 あれから二ヶ月。虫は未だに元老院に張り付いているようだった。
 出てこないのは有り難いが、あんな連中にそう使い道などあるものか。今の二柱も先代の轍を踏まぬよう元老院とは距離を保っているし、何よりベースニックが潰しにかかっている。早晩崩れるのは見えているのに。
 一応の手は打ってあるとは言え次元口の捜索もあれ以来打ち切っているし、何とももどかしい。こういう時、いらないと思っていた芝生の青さが目に沁みる。
 夕日を眇めて見ていた目を閉じ、駐車場へと身を翻そうとした時だ。正門から知った顔が近付いて来るのが見え、アリシュアは立ち止まる。
「エレン!」
 手を上げて声をかけると、驚いたのかエレンは一瞬足を止めた。
「今日も早いんだね、アリシュア」
「いや、普通」
「あんた、いっつも早く上がるから職場で恨まれてるんじゃないの?」
 出て来るときに後輩に恨み言を言われたと答えると「やっぱり」とエレンは苦笑した。
「手伝ってあげればいいのに」
「私らみたいな下っ端の仕事なんて皆均等でしょ? 本人の能力の問題だって」
「え〜、そんな事言われたら手伝ってなんて口が裂けても言えないじゃん」
 私用で外出していたのでこれから残業して仕事を片付けなければならないのだという。手伝っても良いよと言うと、エレンは途端に目を輝かせた。が、法務省の仕事を外務庁の人間にさせる訳にはいかない。そもそも内容が分らないだろうと悔しそうにアリシュアの申し出を辞退した。
「そう。……でも言ってくれればいつでも手伝うから、何でも言って」
「ありがと」
 エレンと別れたアリシュアは、ふと思い立って進路を変更した。向かうべき駐車場に背を向け、敷地の奥へと入っていく。
 暫く歩いて到着したのは、墓地だった。代々の「神」を祀った霊廟である。
 しかし敷地に入ることはしない。門の外から見つめるだけだ。
 一度くらい、と息子には何度も言われていた。けれどもこうして門前に立ってさえも、中に入る気にはなれない。
 陽が完全に落ちるまでそこに突っ立っていたもののどうする事も出来ず、溜め息だけを残して来た道を引き返した。
 駐車場はびっしりと車が埋まっている。これに真っ先に穴を開けるのがアリシュアなのだ。世界王が出入りしようがスパイがいようが連続する毎日は不変。自分の車が見えたところで鞄からキーを取り出した時だった。
「っ!」
 踏み出した左足を中心にして、コンクリート上に光の円が出現した。同時に足が地面に縫い付けられたように動かなくなる。
 初め片足を覆うくらいしかなかった直径は、瞬く間にアリシュアを飲み込んだ。光の奔流に目を庇いながら足元を見ると、青白い閃光の中に這いずるように黒い文様が組み込まれていく。
「これは……」
(二ヶ月……。意外に掛かったな)
 近くにいる筈だが、足元の光源のせいで余計に周囲が暗い。目を凝らして辺りを見渡すと横合いから「あれ?」と男の声がする。
 車の隙間から現れたのは、ひょろりと背の高い水色の髪の男だった。

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