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 最後の包帯が解かれるのをフィーアスは固唾を呑んで見ていた。左の肩口には大きな傷痕が残ってしまっている。
 紅隆は調子を確かめるようにぐるぐると肩を回す。掌を開閉して、微かに唸った。
「なんか、まだピリピリするなぁ」
「致し方ないですよ。淵然の君が相手ではこの程度で済んで良かったとしか言いようがありません」
 紅隆はじろりと担当医師を睨む。
「あのババアの肩を持つ気か? 桜轟」
「滅相もない」
 ヨウゴウはてきぱきと片づけを済ませると、紅隆の肩にシャツを着せた。
「リサイズ出来ない以上、思いの外回復が早くて幸運だというだけです。二度目とは言え、実際クレイの負担はかなりのものでしたからね。この二ヶ月で点滴を三回打っていますから」
「俺が居たってやれ点滴だ注射だってやってるだろあいつは。何処も変わらんよ」
「まあ、そうですが」
 貫徹五日などザラで食事を取る暇もないほど忙しい彼らは、手っ取り早く栄養摂取するために医療棟から看護師を呼びつけて栄養剤を打たせたりしているのだから恐れ入る。それを初めて目撃して以降、フィーアスは軽食などを差し入れるようにしていた。
「では妃殿下、あとはお願いします」
 ヨウゴウが去ってしまうと、紅隆とフィーアスの二人だけになった。場所は世界王西殿のプライベートルームのリビングである。
 向いのソファでは紅隆がシャツのボタンを締めている。まだ違和感があるとは言っていたが指の動きは滑らかで、至って快調そうだ。
 声を掛けなければと思うのだが、何と言えばいいのか分らない。そもそも二人っきりになったのだって随分久しぶりなのだ。互いに多忙な為顔を合わせられるのも僅かな時間しか取れない。前回の出征後は避けられていたし、かと思えばまた出かけてしまってこの様だ。
 これまで受けた助言を思い出してぐるぐるしていると紅隆が腰を浮かすのが目に入ってフィーアスは慌てて叫んだ。
「あの! 抱かせて下さい!!」
 中腰のままこちらを向いた状態で紅隆は固まった。続いてフィーアスの後方から「ぶっ」と音がする。振り返ると戸口の所でファイルを持ったキリアンが口を抑えて俯いていた。
「……いや、すいません……。邪魔するつもりは……」
 今にも腹を抱えそうな様子でキリアンが涙を拭う。憮然とする紅隆に署名してくれとファイルを差し出した。
「……私、何か変なこと言いましたか?」
「ぶふっ……」
 苦しそうにソファの背に懐いた頭に署名を終えたファイルを叩きつけ、紅隆は妻を振り返る。
「そう言うように誰かに言われたんですか?」
 訊ねられ、フィーアスの脳裏に笑顔全開の顔が浮かぶ。
「あ……、レダさんに……」
 相談したのだ。
 そうですかと笑うと、紅隆は頭を擦るキリアンを呼びつけた。
「鉄パイプで奴の顔面ぶん殴って来い」
「何処にあるんだよ鉄パイプなんて」
 キリアンが出て行くと紅隆は溜め息をついてフィーアスを見た。
「俺を抱きたいですか?」
 首を傾げると前髪がさらりと揺れる。そのオレンジ色の奥から覗く青に滲む色気に一瞬たじろいだものの、フィーアスは拳を固めてそれに耐えた。
 眠りも必要なく食事もしなかった彼。機械か、何か未知の生物のようだった紅隆。しかし今はもう違う。
 フィーアスには何が起きたのか勿論分らない。しかし眠れるようになって、少ないながらも食べるようになった今、これまで留意しなかった西殿の健康管理が必須になったのだ。
 現状で最も彼の健康を脅かすのは悲しいかな自分である。快復した今の時点で自分が彼の肉体にどれ程影響するのか知っておかなければ、これからの彼との物理的距離感を間違ってしまう。
 フィーアスは意を決して立ち上がり、夫の側まで行くとその両肩を掴んだ。

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