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 能ある鷹は爪を隠すが、能の無い男は自身に虚飾を施すもののようだ。
 一見如何にも頭の足りなそうな容姿をしているイリッシュだが、彼女は計算して自分のキャラ付けをしている節がある。勿論大半は地だ。「綺麗」よりも「可愛い」を目指して身を飾る。それでも財務省に籍を置くからには見た目通りの女である筈が無く、馬鹿な男共はころりと騙される寸法だ。
 今回ばかりはその馬鹿な男に目が眩んでいるらしいイリッシュが、千年の恋も冷めるような白けた目を背後のその男に向けた。班は違うが同僚だという。
「何とも常識に欠けた男だったよ。参観日だぞ? ジーパンで来る奴があるか」
 聞こえてくるのは、昨日一人娘の学校の授業参観で会ったというゴルデワ人についてだった。
「それに怪我をしていたんだよ、そいつは。事故に巻き込まれたなんぞと言っていたが、違うね。見たところあれはきっと誰かにやられたんだろう。ヒョロヒョロして弱そうだったしまず間違いないな」
 得意気に語る姿にイリッシュは「自慢するのが大好きなのよねあの人」と呟く。
「そいつに聞いたのさ、世界王ってのはどんな男だってな。すると奴はこう言った。『お飾り人形なのにも気付かない阿呆だ。身に余る権力を手に入れて嬉しくてしょうがないんだろう』とな。成程と思ったさ。雑用係の部下からの評価がこれじゃ、元老院に対する非礼も自分を大きく見せる為のパフォーマンスに過ぎないってことが良く分かる」
 食堂中に聞かせるつもりなのか、声が大きい。アリシュア達以外にも会話を気にしている者がちらほらと伺える。
 男達の向こう側、窓辺の席に座って黙々と食事をしているその男を見付け、アリシュアは他人事ながら大声で得意気に話す愚か者の口を塞いでやりたくなった。そんな心配など露知らず、ゴルデワ人と邂逅を果たした男の話はべらべらと続く。
「外務庁もその程度の連中に何を慎重になっているのやら。ああ、そうか。脳味噌がスカスカだったり筋肉で出来ている奴らに難しい話を飲み込ませるのに時間を食っているのか。全く、他人事ながら可哀想だね」
 不当な同情をされたアリシュアを友人達が振り返る。アリシュアの視線の先では窓辺の男が腰を上げたところだった。
 空になった食器を載せた盆を持ったまま財務省員達の座るテーブルに近寄ったのは、厚生労働省長官のシルヴィオ・マイデルだった。ここから見る限りにこやかに話しかけている。
 大物に声を掛けられた男達は忽ち恐縮して腰を浮かせた。それを制したマイデルは大声で話していた男に自分の端末の画面を見せる。
「あっ、そうですこいつです! 間違いありません」
 その声は殊更大きく、アリシュアは溜め息と共に友人達を促して席を立つ。返却カウンターに盆を戻したところで特大の雷が落ちた。
「頭が空なのは貴様の方だこの愚か者が!!」
 見れば男は何故叱られているのか分らないようで仕切に口を挟もうとしている。が、そんな事を赦すマイデルではない。
「さっきから聞いていればべらべらと……。自分の無能さを垂れ流しているお前が余所の心配とはおこがましいにも程がある。良いか、この件に関して一切の口外は禁止だ!」
 鬼の形相で厳命された男は、馬鹿の一つ覚えのように頭を縦に振る。しかしマイデルは見向きもせずアリシュアらの隣で盆を戻すと、張り詰めた空気だけを残し足音高く食堂を後にした。
 後日、先の男が三日間の謹慎を言い渡されたとイリッシュからメールが届いた。マイデルは懲戒免職を提示したらしいが財務省の長官が必死で取り成したらしい。アリシュアは温情厚いことだと返信し、ミュージシャンを目指している恋人はどうしているのかとあっさり話題を変換した。





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