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 昼、いつものように外務庁対策本部を訪ねたフィーアスは砦の変化に目敏く気付いた。模様替えをしたらしく端末の配置が変わっている。改めて数えてみると二台増えたようだからその為だろう。
 キリアンは疲れた声で文句を言う。
「何でもかんでも回してくるなって紅隆に言ってやって下さいよ」
 書類やら何やらで溢れかえる机上の隙間には栄養ドリンクの空瓶が乱立しており、彼の多忙さを窺わせた。
「ワゼスリータはどうです?」
「あ……」
 昨日、高熱で倒れ学校を早退したのだ。迎えに行った夫からヴィンセント経由で保険証の場所を尋ねる映像通信があった。その際、会話を耳聡く聞き付けたマイデルが話に割って入ったお陰で定時の帰宅が許可されたのだ。
「病院で点滴を打ってもらったそうですけど四十三℃から下がっていません」
「四十三℃?」
 キリアンはここでようやく書類から隈の浮く顔を上げた。
 バイタルチェック用にと医療棟から看護ドローンを一台借り受け夜間の看護を任せたのだが、一時間おきに測った体温は四十三℃を切ることがないまま朝を迎えた。
 そんな高熱にも拘らず本人は「寒い」と言うのだからまだ上がるのではないかと恐々としてしまう。
「……私が休めたらよかったんですけど……」
 高熱に魘される娘を置いてきてしまった後悔と罪悪感に苛まれながら午前の仕事を熟したのだ。合間合間に病状確認をしていたがその度に「お仕事頑張って下さいね」と釘を刺される始末。
「それで今日のお昼なんですけど、これを」
 フィーアスが取り出して見せたのは誰が見ても弁当包みだった。キリアンが困惑しながら受け取るとフィーアスは提げた紙袋からもう一つ同じものを取り出した。
 キリアンはこんなにも悔しさに顔を歪ませる彼女を初めて見た。
「ツイズ夫人が……用意して下さいました……。昨日の晩、今朝と頂きましたけど……とても美味しい……!」
 エテルナ不在の今、西方執行部は女手に事欠いている。サイノから苦情が来そうな言い方だがコーヒー一杯淹れるのに台所一つ丸々駄目にした前科があるのだからこの評価は甘んじて受け入れざるを得ないだろう。
 そこでワゼスリータ看病のためにヴィンセントが手配したのがエーデの妻だ。通信中しつこいくらいに「エーデの嫁さん」「看病に来るだけ」「心配するようなことは何もない」と念押しされたが、会ってみてその理由が分かった。
 一言で言えば、女の目から見ても彼女は艶めかしかったのだ。
 あの容姿であんな舌が蕩けるような食事を出されたら落ちない男はいないだろう。事実、エーデは落ちたのだ。
 今朝も朝食の支度をしようと起きると既に彼女が来ていて粗方支度を整えていた。下の子供たちに対してもしっかりと対応してくれ、まるで出る幕が無い。
「何か、調理栄養師免許を持っているらしいですよ。その他にも学生時代に色々資格を取りまくったとか。――ああ、でも裁縫は苦手らしいです。あの胸で手元が見えないそうで」
 早速包みを開け始めたキリアンが余計な情報をくれる。弁当箱の蓋を開けると流石資格を持っているだけあって栄養バランスを考慮した鮮やかな仕上がりだ。
 おまけに思わず写真に撮ってしまう程可愛らしい。
 一口ごとに幸せな気分にさせるそれを複雑な思いで食べながらエーデは幸せ者だと呟くと「どうでしょうね」とキリアンが首を傾げた。
「幸せには違いないでしょうがそれ以上に奥さん絡みでの苦労話を聞きますよ。我々が貴女と会わせたくなかったのもその辺の事情なんですがね」
「?」
 ワゼスリータの熱が下がったのはその三日後、何事も無かったようにけろりと起き出したのだ。その日は大事を取って休ませたが皆肩透かしを食らった気分だった。
 先の事件での心身共への負担が原因だろうと結論付けられた。





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