224 昼、宮殿近所の喫茶店で一組の男女が向かい合わせで座っている。 場所柄、店の雰囲気は古臭いと感じるほど落ち着いた内装をしており初めて来た若い職員たちなどは驚くものだ。しかし二、三度訪れると慣れ、寧ろ好むようになる。午前中仕事に追い立てられた疲れが解されると感じるのだ。 他にも同じような客が三組程居たが、そんな彼らとは全く雰囲気が異なった。恋人同士で無いのは余人からも一目瞭然で、この二人を知る者たちはちらちらと視線を送りながらも総じて無関心を装った。 女は端末片手にサンドイッチを頬張り男はシチューにパンを浸す。二人の会話は小声でなされ内容までは聞き取れない。二人とも他の客からの視線があることを認識しているのだろう。 食事が終わると二人はコーヒーと紅茶を所望した。ここから声量が通常に戻る。 「そういえば、ハクビーズが来たそうね」 耳が早いなと男が笑う。 「別に早くなんてないわ。擦れ違った連中がこっちでぺらぺら喋ってるのが聞こえただけだもの。――私も会いたかった」 男はふうんと首を傾げた。特に親しくしていたという印象はなかったが、社交辞令で言っているようには聞こえない。紅茶に落ちる女の視線が、対面する男から見てもギラリと光っていたのだ。 どちらかと言えば彼女はいつも飄々とする老官僚を苦手にしていたきらいがある。自分のように懐かしむだとか旧交を深めたい訳ではないだろう。 何かあったかと尋ねるが女の返事は素っ気ない。これはもう話を振っても無駄だろう。 互いのカップが空になったところで席を立つ。昼休憩とはいえ、お互いそう長々と席を空けられない身だ。別々に会計を済ませ店の外へ出る。 宮殿へ戻ろうとした男は腕を掴まれて振り返った。 「? どうした?」 「……ちょっと」 手を引かれるまま宮殿とは逆方向に歩く。足を止めたのは何の変哲もない、人気が皆無なことだけが売りの路地裏だった。 手が離れたと思った矢先、女が目の前で音がしそうな勢いで振り返った。 「これ、メンバー選考はどうする気?」 女が掲げた端末には外務庁拡張に関する草案データが入っている。内閣府からの外務庁格上げに対抗する案だが、まだこの一晩で思いついた事を並べただけに過ぎない。それは最初に断わった筈だ。それを踏まえた上で目を通し「良いんじゃない」と言ったのは女の方である。 「どうって……だから」 「あの女を入れるつもりなの?」 男は怪訝な態度を隠さなかった。誰を指しているのか分からない。 「お前が何を言いたいのか知らないが骨子も出来てないのに人選なんてしている訳ないだろう。どうしたんだ。あの女って?」 しかしそう訊ねると女は硬く口を噤んでしまう。これでは埒が明かない。男は溜息を吐きながら言った。 「実際に正式文書として提出した時に気に入らなければ退ければいい。お前はそれが出来る立場だろう」 無論、個人的感情で退けられては堪ったものではないが、まだ雲をも掴むような段階なのは違いない。女は少し安堵した表情を見せた。 「……ごめん、忘れて」 日陰に居ることもあってか顔色が芳しくない。男は女を促して路地を出、日の下で再度相手の血色を見る。悪くはないが良くもない。 仕事は相変わらず忙しいし結婚したばかりでまだ新生活に馴染んでいないのもあるだろう。今度こそ宮殿へ戻る道すがら男は休暇を取ってはどうかと進言した。 「新婚旅行行ってないだろう? 近場でもいい所があるし」 「昼間から寝言を言わないでよ」 これには苦笑するしかなかった。責任のある立場だし新婚だからと記念行事をせがむタイプで無いのは分かっていたがここまでとは。昔、新妻から散々強請られ上司まで抱き込まれて無理矢理休暇を取らされた記憶が男の脳裏を奔った。 [*前へ][次へ#] [戻る] |