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 お前、何処に行く気だ。
 何処って仕事だよ。
 そんな状態で仕事なんて出来る訳ないだろう。いいから寝てろ。
 微熱っぽいだけだ、大した事無い。それに今日は州知事たちと面会が入ってるし、出ない訳にはいかないんだよ。
 部下共に任せりゃいいだろうが。お前が倒れたら元も子もないんだぞ。
 分ってるよ。
 分ってねえだろうが。ほら、いいから座れ……って、お前、これのどこが微熱なんだよ。……寒いか? 手、冷たい……。
 大丈夫だから、ちょっと退いて。
 こら、立つな。一回病院行ってちゃんと診てもらった方がいい。ここ暫くずっとそんな感じじゃないか。一緒に行くから、取り敢えず今日は休め。な?
 だから無理だってば。ほんと、大丈夫だから余計な心配しないで、もう行くから。病院にはそのうち行ってくるよ……、ちょっと、放して。
 そのうち行くってことは要するに行かないって事だろうが。分った、今から行こう。仕事は遅れるって言えばいいだろ。電話しといてやるから。
 君が連絡なんてしたら何かと思われるだろ。もうほんと大丈夫だから放して。いろいろ考えることがあって知恵熱が出たんだよ。大丈夫だから。
 知恵熱?
 いいだろもう。だいだい君には関係無いだろ、ほっといてくれ。
 関係ないなんてことはないだろう。お前の体のことじゃないか。
 無いよ。
 …………お前のところは一体どうなってるんだ。ボスがこんな状態なのに誰も何も言わないのか?行儀の良さそうな顔して、随分とまあ、えげつない連中じゃないか。どうせお前の前任者もそうやって食い潰されたんだろう。どうやら害獣は豚だけじゃないらしい。
 ……そうやって好きに言っていればいい。君がどんなに納得できなかろうと、俺達には俺達のやり方があるんだ。とやかく言われる筋合いはないよ。
 ……何?
 だから、余計な口出しするなって言っているんだ。



「ねっ? ひどいでしょぉ?」
 しっかりカールしたふさふさの睫毛に覆われた大きな瞳が涙で潤む。音を立てる勢いで瞼が開閉される下では、ピンクのグロスでぷるぷるした唇がぱくりとストローを咥えた。
「こっちは心配して言ってるのに、『男のやることに口出しするな』とか訳の分んない事言ってギター担いで行っちゃったの! もぉ、ホント男って何でああなの?」
 怒り心頭の様子で音を立ててソフトドリンクを啜る。ふわりと揺れるミディアムヘアーの淡い金髪は、彼女に良く似合っていた。全身から可愛らしさを醸出す仕草のどれ一つをとってもアリシュアには逆立ちしても真似できないことだった。
「イリッシュ、もうそんな男切っちゃいなよ。ほっといたら付け上がるって」
「……うぅん〜、でもぉ〜」
「あんたがそんなんだから定職に就かないんだよ。もっとビシッとしなきゃ。ねえアリシュア」
 エレンが目をギラつかせてアリシュアに同意を求める。アリシュアはそうねと苦笑した。
 部署の全く違う同期の友人達とはこうして時々昼食を一緒に摂っている。中々時間が合わないのだが、だからこそ話のネタも豊富になるとも言えた。今日の話題は半ばヒモ状態になっているイリッシュの彼氏についてだ。現在恋人と冷戦状態だというエレンは評価が辛い。
「あんたの事なんて都合の良い女だとしか思ってないからフラフラ出来るんだよ。ねえ!?」
 イリッシュに苦言を呈しているようでいてエレンはきっと自分のことを言っているのだろうとアリシュアは気付いていた。聞いているのかと咎められ、滲む笑いを急いで引っ込める。
 不意にエレンがイリッシュの奥へ視線を転じる。
「かといって、ああいう手合いも困りものだけど」
 幾つかテーブルを挟んだ先には財務省員数名が座っており、男が一人、声高に喋っていた。

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