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 高級ホテルのスイートルームは部屋数も多く、一室一室にかなりの広さがある。リビング、ダイニング、リクライニングルーム、応接間、そして巨大なベッドの納まった寝室だ。家具や調度も高級品である。
 初めてここに通されたときホテルマンは随分誇らしげにしていたがランティスにとっては然程珍しくも無い。客の反応が薄いことに戸惑った様子だったので「素晴らしい部屋ですね」とおべんちゃらを言っておいた。
 ここに宿泊して四ヶ月を超えたが、この部屋が一番賑やかになったのはキースレッカが居た僅かな期間だ。しかし今、別の意味で室内は活気づいていた。
 持ち帰ったフォミOSを起動させたお陰で高い天井付近にまで空間ディスプレイが溢れ情報処理を行っているのだ。
 OSの前では子供のような体型の女が胡坐をかいてキーボードを叩いている。空間ディスプレイは瞬く間にも入れ替わりを続けていた。
 後ろでその作業を見つめているのは三人、ランティスとアリシュア、そして女を連れてきたキリアンだ。
 手元のマニュアルを参照しているとはいえ女は何度もやり通した迷路を解くように迷いが無い。
「流石プロは違うな」
 ランティスが実感を込めて言うのは、自分ではまるで手に負えなかった経緯があったからだ。同時にあの苦労は何だったのだという哀愁が窺える台詞でもあった。
 四時間も格闘していてはそんな感想も出るだろう。
 結局苦渋の選択でキリアンに泣き付いたのだ。外務庁対策本部で携帯端末にその連絡を受けたキリアンが実際に女を連れて来るまでに三十時間が掛かったが、それは無理な注文を付けた以上致し方ないし、寧ろ本当に連れて来れたことの方が驚きだった。
「どういう子なんだ、あの子」
 向かい合わせたソファからランティスが身を乗り出す。だがちらりとそちらを見たキリアンが何か言う前にランティスの隣に座っていたアリシュアが言った。
「負傷した北殿の嫁さんね。児童が撮った月陰城社会科見学の映像記録に映ってた。――流石にもう興奮状態からは脱したようね」
 男子生徒二名の案内は世界王西殿自ら買って出た。彼は途中、医療棟へ生徒を導こうとしたが、結果それは阻まれる。医者が立ち入りを認めなかったことと、何より憔悴していた北殿夫人が西殿に対しナイフを手に襲い掛かって来たためだ。
 彼女は止めに入った北殿側近を蹴り飛ばして排除したものの、駆け付けた北殿軍司令に昏倒させられたのだ。
 彼女の経歴についてはアリシュアも興味があった。あの映像を見る限り、彼女はかなりの戦闘訓練を受けている筈だ。それどころか実践すら少なくないだろう。そういう身のこなしだった。
 だが、今彼女が行っている作業には高度なシステムプログラム技術を要する。
 この答えは至って簡単だった。
「連邦軍から今の技師職に転職したとか。鋳型からシステムエンジニアリングまで粗方習得しているそうです」
「へえ……、そいつは凄い。――ジオで登用は?」
 キリアンは首を振った。北殿は誘っているのだが彼女は断固としてそれを拒否している。
 勿論、認めていないのはジオも同じだ。優秀だからと言って人材の乱獲をすればジオの外が回らなくなることに加え、ジオの登用基準はそれだけではないからだ。
 アリシュアは備え付けの時計を見る。女が作業を始めてから五時間が経過していた。時刻は既に真夜中。
「ねえあなた、少し休んだ方が――」
「話しかけないで、集中できない」
 アリシュアの心配も女はばっさりと切り捨てた。いくら優秀なプログラマーであり本来よりも作業能力値が大幅縮小されている器体であっても、たった一人でとんでもないものを組立させていることに変わりはない。
 アリシュアと顔を見合わせ、ランティスが頷く。彼は凭れていた体を起こし居住まいを正した。





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