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 木を隠すなら森。
 余人に知られたくないものは、それと同種のものの中に埋没させるのが一番の隠匿方法だとでも考えたのか。
 しかしよりにもよってこんなところで、と思わずにはいられない。
 市内最大級のショッピングモール内、昼の飲食エリア。店内でのイートインではなく、屋台を模して立ち並んだ各種軽食店の共同イーティングフロアの一角で、購った軽食を腹に詰めながらその話を聞いていた。
 不自然でないようほんの少しだけ潜めた声は周囲の雑音に紛れて聞き取り辛かった。
 今このフロア内で自分たちほどこの場の雰囲気にそぐわない者もいないだろう。ほぼ満席の内一割ほどの客が、辛気臭い顔で向かい合う男二人を不審そうに振り返っていた。
 コルドはホットドッグの最後の一切れを飲み込んで、申し訳程度に買った小さなサラダに手を付ける。外食が多く栄養バランスが偏りがちなことを溜め息交じりに指摘する妻に対してのせめてものポーズだとは、自分でも認識しているのだが。
「どうです? いい話でしょう?」
 内部関係者向けの結婚披露宴の席でヴァルセイアに耳打ちされてからというもの待ち構えていた打診だった。しかし来るのなら元老院側の者だと踏んでいたので少なからず驚いてはいるのだ。
 プラスチック製の小さなサラダボールの上にフォークを置く。ノンオイルドレッシングのかかったレタスを咀嚼している間、暫定的に部下である対策本部副本部長は行儀よく待っていた。
「それが事実なら実に喜ばしい話だ。外務庁の昇格はハクビーズの頃からのうちの最大の懸案事項だったからな」
 相手は嬉しそうに頷いている。
「無論、定期予算増額や設備費などで財務省との調整は必須ですし、外務庁が格上げされれば防衛庁も口を出してくるのが予想されますので数年のうちに、というのは難しいですが」
 まるで自分が主導しているのだとでも言いたげだ。官房府内の保守派の先兵の分際でこうも自信ありげなのは、恐らく対策本部に襲い掛かる数々の荒波を耐えた猛者だとでも持ち上げられたのだろう。分かりやすい男だ。
「…………内閣官房府がようやく乗り気になってくれるのは大変有難いことだが、対策本部の解散もままならないうちは何も考えられないな。
 先々代世界王の亡霊たちがサンテに何の用があるのか分からないうちはその解散も無い。お前にはもっと働いてもらわなければな」
 副本部長は面白いくらいに表情を凍らせた。
 邪魔な厚生労働省を追い出し外務庁と合同で対策本部を再構築した矢先、世界王秘書官が常駐し始めた。しかも護るべき元老院のアミンはそのゴルデワ人と随分懇意にしている様子、更に追い打ちをかけるように先の基地襲撃、そして世界王権の移行。
 基地襲撃映像にはコルドも堪えた。数日は夢に見たくらいだ。あれを見て平気でいるのはキャネザただ一人である。
 ゴルデワへの恐怖は否が応でも増している。外務庁の人間ですらそうなのだから、内閣官房府からの出向組は言わずもがなだろう。
 ゴルデワ側の動きが活発になっている今、外務庁という小さな盾では自分たちを守りきれないと感じた者が多いのだ。外務庁、防衛庁に予算を増額し、その盾をもっと大きく強固にする。恐らく彼は保守派の誰かに外務庁改造に一定の成果を上げれば内閣府に戻してやるとでも言われているのだろうが、そうは問屋が卸さない。
「次元口の問題もある。一つ一つ見つけ出し潰していくのは時間もかかるが何よりその資金が問題だ。シーズヒルの件で発見された幾つかも特別予算を下ろしてもらってやっとだったしな」
 副本部長はしおしおと項垂れ「はい」と呟く。金を掛ける場所が違うだろうと言ったつもりだったが理解しているのか。
 再度サラダに手を付け始めたコルドは左方に意外な人物を見つけた。





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あきゅろす。
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