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 暫定的世界王権失効令。前二回と今回とでは大きな違いが一つある。
 それは発令中の該当世界王の所在地だ。
 本来この失効令は、フィーアスが説明してみせたように世界王の重篤な病気及び怪我の期間に職務に穴を開けないための一つの措置作業の過程に過ぎない。失効証明書と対を成す暫定的世界王権授与証明書が失効令発令のきっかり五分後に発行される。これは側近に対し世界王と同等の権を与えるというものだ。
 当然前回、前々回も共に失効令・授与令が発令されていたが、この二回は紅隆の身柄はジオ、もっと言えばゴルデワに無かった。
 真っ当で順当な措置を講じると、この場合「王権放棄」と見做され下手をすれば政権に対し終了宣告が言い渡される恐れがある。これを回避するために当時西方執行部は必要書類を十何枚と作成し紅隆を送り出したのだ。
 今回はこの極めて煩雑な作業が無い上、ある程度の実務作業は継続して世界王本人が行える状態にある。授与令が発令された側近にとってはかなり楽な状態だ。
 では何故今回、通常業務を行える世界王に対し失効令が発令されたのか。
「複数の識者の見立てでは、今の身体はもう幾らももたないそうです。元々騙し騙し使っていたところへの被弾と頭部の切断接続その他諸々が覆い被さってきましたから」
 薬の説明のためにレダと共に席を立ち応接室の隅で話し込んでいるフィーアスにはザインマーの声は届かなかったようだ。
 ザインマーはそちらを気にする素振りを覗かせたものの、再び説明に戻る。
「キュラルにとって肉体とは他に干渉するための媒介に過ぎない――というのは先代の螢紅殿の言葉だそうですが。媒介が無くとも死ぬ訳ではないですが世界王権を持つ者にとってサインや捺印が出来ないのは死んだも同然です。
 そうならないためには紅隆に肉体の修繕を行わせる必要がありますが、治してどうにかなる状態はもう超えているらしく、ゼロから組み上げ直さなくてはならないそうなんです」
 どのキュラルでも自身の肉体を組み直しは誰に習うでもなく出来るようになる。紅隆と違うのは、何度組み直しノウハウを身に着けても同一の個体しか組めない事だ。極端な話、先天的疾患を持って生まれたキュラルが自らの媒体の組み直してもその疾患は取り除けないし、地毛や肌の色を変えたいと試みたところで変えられはしない。
 この世でたった一つしか持たない自身の媒介を塩基配列のレベルで変えることが出来るキュラルが紅隆である。紅隆――コーザ・ベースニックはジオに登用されてから五回、リサイズと呼ばれるこの組み直しを行っていた。
「ただ、それが物凄く時間がかかるんです」
 キリアンの力の籠った口調にザインマーがうんうんと同意する。年単位でかかるのだと聞いてコルドのタインも仰天した。
「失効令の方は十年でも二十年でも有効ではあるんですが、その間の仕事は全て側近が肩代わりする羽目になる。
 結婚した翌年から紅隆が長く不在だったのを覚えておられますか?」
 世界王が出奔してからフィーアスの妊娠が分かった年である。よく覚えていると外務庁二名は頷いた。
 当時を思い出しているのかキリアンの表情には疲労の陰がべっとりと纏わりつく。
「リサイズの準備が整い次第、あの時と同じように長期の完全移行という形になります。その間にこちらへの公式訪問となった場合は現側近かあれが伺うことになるのですが……」
 キリアンの視線を追って全員が壁際のレダとフィーアスを見る。おどろおどろしくも楽しげに薬の危険性を説明していた。
 紅隆以外の者が呑めば三十分程で心臓破裂しますと言ってフィーアスを慄かせている。
「出来うる限り側近に対応させるように致します」
 外務庁二名はお願しますという言葉を辛うじて呑み込み口を噤んだ。





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あきゅろす。
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