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 紅隆が目覚めたのは、無残な帰城、世界王総出の調整処置から十二日目の事だった。
 フィーアス以下、血を濃く受け継いでしまったワゼスリータ、ロゼヴァーマルビットはそれまで一切の面会が叶わなかった。ケイキに伴われて唯一人面会したゼノズグレイドもその一度以来怖がって近付かず、フィーアスは担当医師のヨウゴウから経過を聞くのが日課となっていた。
 意識が戻ったとの知らせに仕事を放り出して駆けつけた時、夫はベッドの上に上体を起こし、看護士に左肩の包帯を巻かれながらヴィンセントと話をしていた。
 血塗れの姿も恐ろしかったが、包帯やガーゼに覆われた姿も痛々しい。
 今回、安易に細胞活性装置に入れるのは危険だというので一般処置が行なわれた。中でも一番大きな傷は、肩から回った毒で動かなくなってしまった左腕と抉り出された右目だという。顔の右半分を覆ったガーゼがあまりに白く、フィーアスは直視できなかった。
 ケイキに導かれ、恐る恐るヴィンセントの隣に立つ。夫の視線がゆっくりとこちらを向いた。
「どうしました? 顔が真っ青ですよ」
 何事も無かったかのような声に、フィーアスは震えた。視界が歪み、膝が折れる。
 ベッドの縁に突っ伏して泣き始たフィーアスの頭上で「他に言うことないのかお前は」とヴィンセントが呆れた。
「……心配をかけて、すみませんでした」
 声と共に頭に微かな重みがかかった。ゆるゆると頭を撫でられ髪の間に長い指が入ってくる。くい、と髪を引かれてフィーアスは顔を上げた。
 所々包帯を巻いた右手が頬を濡らす涙を拭う。
 冷たい手だった。
「俺の居ない間、変わった事はありませんでしたか?」
 温度の低い掌に頬を摺り寄せ、頷く。涙は後から後から溢れ出し、止まらない。
「妙な奴から声を掛けられたりとかも?」
 フィーアスは無理矢理笑みを作って夫を見上げた。
「道を聞かれるくらいは構いませんよね?」
 コーザは安心しましたと言って息をついた。それを見て、看護師が退出を促してくる。
 後ろ髪引かれる思いで寝室を出たフィーアスは、一緒に出てきたヴィンセントにハンカチを差し出され礼と共に受け取った。
「協力感謝します」
 リビングまで戻ってくるとヴィンセントが言った。直ぐに思い当たってそっと頷く。
 フィーアスは夫に嘘を付いた。
 紅隆は酷く自分自身を嫌っている。自分の存在を呪っているといってもいい。彼がフィーアスを傍に置きたがらないのも、自分で否定している己れを慕ってくるのが不可解でならないからだ。随分酷いことを言われた覚えもある。
 そんな彼が自分の次に嫌う彼の『兄』。そして今回彼をあれ程までに痛めつけた女。
 その両者に会ったと言ったら、彼は何と言うだろうか。
 ビャクヤを筆頭に、彼の古くからの配下達は、一様に事態の隠蔽を主張した。事実、主が目覚める前に痕跡は全て抹消してしまう徹底振りなのだ。それは鬼気迫るものがあった。
「体制は暫く現状維持です。まあ、そちらをお騒がせすることも無いでしょうが……」
「ええ、はい」
「明日でも子供たちを会わせてやりたいんですが、構いませんか?」
「え? ええ勿論」
「ゼットは大丈夫ですかね」
「ああ……」
 ケイキに縋り付いて大泣きしていたからまだ嫌がるかもしれない。フィーアスは言い聞かせておきますと答えた。
「そういえばうちの外務庁の方から何か言ってきましたか?」
 ヴィンセントは微かに目を見張る。何か?と訊ねられ、外務庁の友人が、と説明する。
「来てない筈ですが……、確認しましょうか」
「いえ、なら良いんです」
 フィーアスは胸にもやもやとこびり付く違和感に無理矢理蓋をする。寝室から出てきた看護師に呼ばれ、西殿側近に会釈して踵を返した。

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