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 四日後、二十一日の土曜日。
 シクレイズ小学校での職業説明会を終えそろそろゴルデワ一行がやって来る。
 一時間程前、顔を真っ赤にして駆け込んできたレニングスが唾を飛ばしながら喚き、弾丸のように飛び出して行ったが、果たして彼は無事だろうか。また紅隆に顔面を踏み躙られてなければ良いが。
 キリアンも一応秘書官用の制服に着替えたが、公式訪問の席に自分が必要になる場面はそう無いだろうと思う。手筈ではヴィンセントとザインマーに、その護衛が二、三名という編成だ。紅隆本人には学校での行事が済み次第宮殿に移動と言ってあるが、彼の体調を考慮すれば恐らく無理だろうと踏んでいる。故に宮殿側にも世界王ではなく側近が代行して訪問すると伝えていた。
 外務庁の主だった面々と共に玄関ロビーで到着を待つ。しかし現れたのはヴィンセントではなかった。
「!?」
「やあキリアン。お疲れ〜」
 軽薄な物言いで手を振ったのは西殿筆頭秘書官レダ・リヴィングストン。西方執行部の中で頭のねじが最も多く吹っ飛んでいる男だ。
 レダは出迎えた外務庁長官に対し丁寧に初対面の挨拶を済ませ素性を名乗った。このように外面を取り繕えるから質が悪い。
 外務庁職員の案内に従って宮殿内を進みながらキリアンは小声でヴィンセント不在の理由を問うた。
「出掛けにハリソン・レイルダムが来たんだよ」
「何!?」
「ロルゲイ、チェスティエのシーサイア派とレイルダムのモリス派が極めて近いタイミングで接触してくるなんて絶対何かあるよね。クサイよねぇ」
 にやにやと楽しげに笑うレダの尻にザインマーが蹴りを炸裂させた。歩きながら器用なことをしたザインマーは、レダの呻き声に振り返った職員たちに「何でもありません」と笑顔であしらう。
「あと紅隆だけど」
 奇禍に遭った臀部を擦りながらレダは自分たちの世界王の様子を伝える。吐血したと聞いて声を上げそうになった口をキリアンは慌てて塞いだ。更に飲ませたと言う薬を見て絶句する。
「全部事情を話してフィーアスさんに預けておけってさ」
 レダが上着のポケットから取り出したのは小さな薬瓶。紅隆の背中に制御印を刻んでくれた高齢の術師が最期に残して行った物だ。薬と言うより劇薬と断言したいその錠剤を、紅隆は二錠も服用したと言う。
「飲んだらケロッとして来る気になってるから流石にケイキもキレてたな」
 当然だ。劇薬を飲んでやっと正常になる体でふらふら歩き回らせる訳にはいかない。
 元々リサイズの必要は感じていたが、小学校での一件でいよいよ状況が逼迫し、紅隆用にと用意される薬は途端に強いものに変わったのだ。
 そもそも後続組の到着をもって世界王西殿紅隆には世界王権移行令が発令されている筈だ。ついて来たところで世界王権を失効している紅隆に発言権はない。
「……ところで元老院が行かなかったか?」
 ザインマーが答えた。レニングスと内閣官房長官が血相を変えて飛び込んできたと告げる。絶不調のため紅隆からの足蹴は免れたが代わりに彼は女性官房長官からの信用に傷をつけた。
「儀堂方のオルネラ・チェスティエと良ろしくない関係があったらしい。チェスティエは変装して潜入していたそうだがな」
 一緒に黒子の数を数えましたね、などと言われ真っ青になるピーター・レニングスと氷の女王の如きヴァルセイア・コクトーの姿は実に見物だったとザインマーが吐き捨てれば「僕も見たかったなあ」とレダが目を輝かせる。ザインマーの舌打ちも聞こえていないようだ。
「と言う訳でワイアット、お前も同席してくれ」
 どういう訳?と笑うレダを無視し、キリアンは力強く頷いた。ヴィンセントが来るものと思って鷹揚に構えていたがレダが来たなら話は別だ。
「こちらです」
 一行は楓相院の前で足を止めた。





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