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 そういえば、とキリアンが対策本部の壁掛け時計を見上げたのは十七日の午後も四時間が過ぎてからだった。
 今日が何の日かと言えばワゼスリータのクラスで例の映像の上映会が催される日だ。ワゼスリータの話では午後から、ということだったから今頃観ている最中だろうか。
 この日のために、キリアンは事前にゾイドに話を通しておいた。
 子守疲れでげっそりしていたところへ押しかけ、何かとんでもないことをいくつも観ることになるだろうが、それについての文句一切は自分にぶちまけて欲しいこと。間違ってもエーデの耳には入らないようにと念を押した。
 当然ゾイドは訝しんだし面倒事はご免被ると嫌がったが、キリアンの深刻な様子に圧倒されたのか背後で赤ん坊が泣きだしたためか取り敢えず了承してくれた。
 今頃彼もキリアンとのあの会話を思い出しているだろう。
 そんな事を考えながら仕事をしているとあっという間に数時間が経過していた。窓の外では日が傾き始めている。
 キリアンさん、と声を掛けられたのはそれから更に三十分後の事だった。いつの間にかフィーアスが側に立っている。その傍らにはゾイドの長身が聳えており、その凸凹の光景が妙におかしかった。
 ゾイドは学校から預かって来たという映像記録が収まっているメモリを机に置く。その顔色は幾分青い。フィーアスもちらちらとゾイドの後ろを気にしているようで不審に感じたもののキリアンは言及しなかった。
「どうだった?」
 どうもこうもないだろうなと思いながら尋ねれば、やはり「どうもこうもない」と返答が返る。
 映像記録を事前に確認していたフィーアスは男二人の顔色が気になったらしく何か変なものが映っていただろうかとゾイドに尋ねた。
「……あ、サルマンさんの刺青ですか?」
「いや、それも勿論そうですが……」
「失礼ながら、あなたのご主人は一体何を考えているのかと突っ込みどころ満載の映像でしたよ」
 口籠ってしまったゾイドの真後ろから第三者の声がする。驚いた様子もないフィーアスとは打って変わって、キリアンは飛び上がるほど驚いた。実際オフィスチェアをガタガタ鳴らして立ち上がる。
 正確には知らないがゾイドの身長は百九十センチをいくらか超えているらしい。そんな彼の首元からすぅっと目元を覗かせた鬼の姿に、キリアンは場所も忘れて悲鳴を上げ逃走を図った。
 けれど砦の立地上、逃亡するにはフィーアスを押しのけゾイド、エーデの横を通り過ぎなければならず、そもそもそれ以前の問題としていくつも並べてある机の角に太腿を打ちつけてしまい悶絶していては逃走などままならなかった。
「お前が俺に見せたがらなかった訳がよぉく分かったよ」
「なんで!?」
 足を抱えて蹲り声をひっくり返しながらキリアンはゾイドの裏切りを責める。しかしゾイドも違うのだと訴えた。
 ゾイドはエーデの命令に渋々従って一人でジオを出、ロブリー家を通って学校へ向かい校長や担任教師に挨拶をしたという。しかしその際「お仲間がお待ちですよ」と言われ驚いた。エーデがそこに居たのだ。
 エーデに知られてはまずいというキリアンの必死な様子を思い出したゾイドは何とか彼を帰そうと試みたがエーデは頑として動かない。ゾイドも詳しい内容を聞いていた訳ではなかったので「まあいいか」と同席を許したが、見てみればこれが全く良くなかった。
「さてキリアン、ブツを渡してもらおうか」
 ゾイドの背後から進み出た南殿側近は砦の内に居るキリアンにすっと右手を差し出す。勿論決して助け起こそうとしているのではない。
 対応を誤ってその手を取れば顔面に蹴りが炸裂するのは避けられないだろうと覚悟しつつもキリアンは言わねばならない。
「マクベスが持ってたアレのことを言っているなら、俺は知らない」





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あきゅろす。
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