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 基地内はあの惨劇が嘘のように綺麗に整えられていた。映像の中で見た操作室さえも血の一滴も見当たらなかった。
 時間も経っているし、清掃したのは分かっていたがそのギャップに悪酔いしそうだった。後任担当者ルプティのどんな説明をされても頭には入っても理解はしていなかった。
 マンションに戻った一行を待ち受けていたのは南殿側近からの面会アポイントメントだった。
 取り次ぎに来たのは軍人にしておくには勿体ないくらいに爽やかな青年だ。しかしそんな彼の口から「あの野郎」「寝起きがくそ悪いから」「ヤバいっすよ」などと粗暴な言葉が出てきたのを見てコルドは思わず厚生労働省長官を連想してしまった。
「? エーデが来ているのか?」
 訝しむキリアンに答えたのはルプティだ。先月上旬から月陰城内に駐留している連邦軍の派遣部隊から逃げ回った末、三日前からここで起居しているという。
 コルドは勿論キリアンも初耳だ。
「仕事は」
「持ってきてるよ。専用の連絡回線も敷いたし」
「…………」
 ロブリー家の敷地内に元から設置している通信用アンテナを間借りしているのだ。フィーアスの許可は取っているというが、彼女がその意味を理解した上で許可を出したのかは甚だ疑わしい。
 起きたばかりだというエーデとの面会が成ったのはそれから三十分後だった。壊滅的に寝起きが悪いという彼にしては破格の短時間だとルプティは驚く。
 本来このマンションは家族向けとして設計され客室も備えられているが、1013及び1014号室にはそれを演出する内装家具類が無く、前回と同じくリビングに落ち着いた。
 起きて一時間は経ったというエーデは背中に掛かる砂色の髪は流したまま、Tシャツにブラックジーンズ、足元は裸足。表情もまだぼんやりしており何故だか前髪の隙間から見える額が赤い。
「お時間を取らせて申し訳ありません」
 声にはまだたっぷり眠気が混ざっていた。
「エーデお前、来るなら来るで言ってくれなきゃ困る。それとも、誰かうちの連中には話が通っているのか?」
 案の定西方の誰とも会わずここへ来たという。
 連邦軍人に提供したのは中層部のフロアだから、上層部のエーデが普通に生活していても鉢合わせることはまず無い筈だが、どうやら話はそう簡単ではないらしい。
「……もう生きてるのばれているんだろう? 五、六発殴られるくらい問題ないだろうに」
「うるさい」
 エーデは今回の件で対策本部には心配をかけたことを先ず陳謝し、怪我人たちも順調に回復しているといけしゃあしゃあと報告した。
「ところで、例のクラスの上映会は来週でしたよね?」
「はい。十七日です」
「それに私も解説役として参加したいのですが」
「え」
「え?」
 キリアンが恐ろしい程の真顔でエーデを凝視すると、彼も何か問題でもあるのかと言わんばかりに視線を返す。
「いや、お前には他にやるべき仕事が山ほどあるだろう。ルシータもいない、軍部も上二人が抜けてる、いつ宣戦布告があってもおかしくない状況でぼんやり映像観戦する暇がお前にあるのか、南殿側近」
 キリアンの言葉は一つも間違ってはいない。それどころか、今彼がここでこうしている事すら非難してもいいくらいだ。
 だがエーデはまるで堪えた様子も無くゆっくりと腕を組んで目を細めた。
「……あの後、隊長がやたらバタバタ動いてたんだよな。本人に聞いても紅隆がどうのこうのと珍しく要領を得ない。あの人があんなに慌てて動く理由なんてロブリー家関係以外に考えられないだろ。ワゼスリータは結構行動範囲広いからその線で何かあったんじゃないかと思うんだが……どうした、顔が青いぞ?」
 この後更に続く二人の攻防を傍観しながら、コルドはキリアンの言動を思い起こす。仲間に観られる方がマズイと言い、頭を抱えていたあの姿を。





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