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 月末に行われた結婚披露宴から数日後、毎月五日の一般開放日の後処理を済ませた午後。コルドはキリアンと連れ立って小雨の降る中、宮殿を発った。
「一度行ったじゃないですか」
 それ程の決意を持って赴く場所になっていた。
 セルキンス州ビオロ町。事実上ジオに接収されたマンションは、この一月余りの間に内装工事も随分進んだようだ。前回同様専用駐車場に車を止め、前回とは違う路を行く。今度は一階エントランスから入ることが出来た。
 簡単に雨粒を払い、キリアンの先導に従って1013号室へ赴く。
 事件から約半月経ったが、室内は以前と然程変わった様子もない。そのまま1014号室へ移ると次元口の前で男が一人待っていた。
 負傷したカナエワの後任担当者だという。
「……皆さん、お体の具合はどうなんですか?」
「お陰様で、皆峠は越えました。新たな死者は一人もおりません」
 コルドはほっとした様子だが、事情を知っているキリアンにはとても安堵できるものではなかった。
 南方はこの件に関わった内部の者を全て洗い出し処断している。
 その数二十二名。殆どが下層部の者だった。南方軍総司令官は彼らを順番にライガーにかけ、出てきた順に殺している。
 しかもその内三体の骸をサンテ経由でイクサムに運び入れ、公爵城の前に吊るした。イクサム国内は騒然としたが、政府の公式見解は未だ無い。
 次元口を通り抜け歳青殿所有住宅へ移る。前回来たときに会った管理AI二機が笑顔でコルドを出迎えた。
 律儀にAIと挨拶を交わすコルドを尻目に、キリアンはリビングを出て廊下を進み奥の部屋を覗く。
 カーテンが掛かっているだけの何もない部屋。床に敷かれたブルーシートの上にブロンドの長髪を散りばめた女が転がっている。この家に配置され暗号解析を行っていたヘザーのリモート機だ。
 今回最も重体だったのは皮肉にもフルビルディのヘザーだ。実はフルビルディはもう一人いたが、彼は義体の損壊だけで済んでいる。裏切り者たちから抽出した記憶情報を解析したところ、女性型フルビルディの上官がいるという情報が敵方に漏れていたことが分かった。
「行くぞワイアット」
 今回の目的は一回目のマンション査察と称した戦略情報基地の視察だ。コルドの個人的な希望だった。
 ジオの直轄地でもない限り戦略情報基地の類は周囲に知られぬよう偽装されている。多くは企業などの体裁を取り、実際その企業として活動している。ここも正にそうだった。
 一介の建築会社として企業登録がされており、社員を抱えている。勿論社員は自分の勤める会社がどういう類のものなのか承知の上だ。
「……本当に近いんですね」
 歳青殿の持家から三十メートルと離れていなかった。
 道路を渡り横道に入った先にあったのは五階建ての小ぢんまりとしたビルだ。周囲一帯が似たようなビル群で、一見しただけではどれかは分からない。基地の入り口はビルの裏口を抜けた先、廊下の壁に仕込まれた隠し通路である。
 そもそも一階は半倉庫のようになっており、地上の社員たちはあの日自分たちの足の下で惨劇があったことを全く知らなかった。
 例え侵入者がここから入ろうとしても何の妨げも無かったということだ。
 隠し通路の突き当たりには地下へ降りるエレベータがある。この他にも地上へ出る非常口が五本あるが、基地への侵入出に使われたのはこうした非常口の一つだったと特定していた。
 下降を止めたエレベータが口を開くと予想外に広々とした空間が眼前に現れた。その奥の自動ドアを潜りさらに奥へと進む。
「汚れた部分は取り換えてありますから」
「…………!」
 コルドは思わず足元や壁を見渡す。あの操作室の惨状から察するに他の場所でも似たような状態だったのだろう。
 ここもそうかもしれないと思うと暑くもないのに汗が滲んだ。





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あきゅろす。
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