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 異国で起こった惨事に大騒ぎをしていたのは対策本部だけだった。他の部署、対策本部の設置された外務庁ですらその事実さえ知らなかった。
 第一執務局からコルドを訪ねてきたタインが騒然とする本部に驚き、衝撃に頭が回らない本部長及び副本部長に代わってその場を宥める。
 そんな中、アリシュアは「気分が悪い」と適当なことを言って本部を抜け出した。音のみでも怖気が走るその映像を最前列で見ていたのだ。誰もそれを疑うことはなかった。
 気分が悪いのはあながち嘘でもなかった。
 大勢の人間が銃弾に斃れようが血飛沫が飛ぼうが切断された首がカメラにぶち当たろうが、アリシュアにとっては全く問題にならない。ただ一人の女の姿がアリシュアの内側を黒く爛れさせる。
 何も知らない外務庁職員たち何人もと擦れ違いエレベーターホールまでやって来た。丁度上がってくるところらしく待っていると、口を開けた機内に居たのはミーロとシクレイズ小学校校長だった。
 二人は目の前に現れたアリシュアを見て「丁度いいところに」と相好を崩す。有無を言わさずエレベーターホールから連れ出された。
「校長先生、また何か?」
 流石にこう続くと察するようになってくる。
 ゴルデワ人を片親に持つ生徒がいるためもあるだろうが、初めて会った時からゴルデワに関する教育に関して熱心な興味を見せていた。
 校長が語ったのは来月予定されている保護者による職業説明会にコーザ・ベースニックを起用したというものだった。
 全校生徒の前で、自分の仕事はこんなことをするのだと説明するのだ。
 このような催しを行う学校は多い。アリシュアも息子が通っていた学校で似たようなものを見た覚えがある。
「起用って……、もう決定したんですか?」
「はい。ベースニック氏ご本人に了承を頂いております」
 いつそんな話をしたのかと聞けば例の事件の後、紅隆が謝罪挨拶に来た時だという。駄目元で話を振るとあっさり快諾されたそうだ。
「…………」
「……キャネザ、言いたいことは分かる」
 むっつりと押し黙ったアリシュアを制すようにミーロが割って入った。正直自分も驚いたのだと打ち明けたミーロは、ここへきてキャンセルする訳にもいかず、ゴルデワについての教育に力を入れると宣言したことでもあるしモデルケースとして容認してもいいのではないかと訴える。
「で? 一応うちにも話を通しておこうとって?」
「まあ……」
 アリシュアはちらりと来た道を振り返る。
「先生、申し訳ありませんが後日出直して頂けますか。今はちょっと……」
 校長とミーロは顔を見合わせる。何かあったのかと尋ねられたがアリシュアには答えられない。
 対策本部での事態を把握したタインに持って行っても良い顔をする筈も無く、今はコルドも拒否を示すだろう。
 とにかく今は駄目だと押し切ると資料を渡された。
 過去の説明会での様子などをまとめた冊子と学校からの通知書、世界国家管理政府西方の承諾書。承諾書にはご丁寧に世界王、側近、筆頭秘書官の署名捺印入だ。
「……正直、世界王の仕事なんて面白くもなんともないですよ。時間の感覚も分からなくなるくらい日がな一日書類とにらめっこして、たまに会議。肩こり腰痛眼精疲労運動不足にストレスのオンパレード。夢も希望もあったもんじゃない」
 話を振った時、西殿に同伴していた男性から同じことを言われたと校長は苦笑した。
 学校が求めているのはゴルデワに対する認識の改正だ。世界王本人の実務がどうこうよりも世界国家管理政府の役割を紹介して欲しいのだと続ける。
「役割……。出る杭を叩き潰し係りですね」
「…………」
「何か恨みでもあるのかお前は」
 正面入り口まで校長を見送りミーロと別れたアリシュアはようやくポケットから携帯端末を取り出して電話を掛けた。





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あきゅろす。
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