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 途方もない虚脱感。
 事態に対し、今の自分では何一つ成し得ない事を承知しているつもりだったが、その状況がこれほど辛いと感じたことはない。へたり込んでしまいそうだったが、足はまだ踏ん張っている。
「…………」
 視線を感じて振り向くと、コルドと話しているキリアンと目が合った。
 彼はまだ青い顔でコルドの疑問を打ち消している。
「あり得ませんよ。以前紅隆が言ったようですが、世界王には守秘義務がありますから」
「……しかし」
 対策本部の長も務める外務庁長官は声の通り渋い顔をしているのだろう。キリアンはゆっくりと首を振って再度否定した。
「貴方が現在、学生時代のサークル仲間と連絡を取っていないのと同じで、元秘書官がいたからと言ってイコール歳青殿の関与というのは暴論です。大体、歳青殿は現在、これまでの経歴を全て捨てて一般人として会社勤めをしているんです。そんな暇ありませんよ」
 まだ辛いようで、キリアンはゆっくりとオフィスチェアに座った。表示されたままになっていた空間ディスプレイを閉じると、対策本部の不安そうな表情が露わになる。
「入城前は五大王の中で一二を争う程血生臭い生活をしていた人が、今では大人しいものです。だからこそ、我々の接触が疎ましい。あの家の使用許可を貰った時だって、何でもいいからさっさと帰れと言わんばかりで……」
 その時の様子でも思い出しているのか彼はやれやれというように首を振る。
 しかしコルドも粘った。世界王としての歳青殿を知っているだけに今の話は想像だにしなかったが、サンテの事情に通じている元秘書官が関与している以上、いくら心配いらないと言われたところで外務長官として黙っているなど論外だ。
 指示を出すくらいなら可能だろうと訴えたが、これも一蹴される。
「今現在で分かっているメンツは、三大王政権の関係者が圧倒的に多いんです。さて、三大王と五大王には決定的な違いが一つあります。何だと思いますか?」
 突然の質問にコルドは僅かに眉間を寄せる。そんな事知る筈が無い。
「それはソルフに対する姿勢です」
 月陰城のシステム一切を取り仕切っているという巨大コンピュータ、それがソルフだと聞いている。キリアンは頷いて話を続けた。
「ソルフの完全排除か有効活用か。完全排除を目論んだ三大王政権は生き残りを僅かに残して全滅しました。その事態を目の当たりにしている五大王政権は結局最後まで有効活用路線を貫き通したばかりか、三大王政権壊滅の真相を隠蔽までしています。歳青殿は当然活用派です。――実は我々四代王政権は密かに排除派なのですが、先日その話をしたところ酷く叱責されました」
「…………それが、何だというんです」
「ですから、歳青殿と秘書官の現在の接点の話ですよ。三大王の関係者が大勢を占めている一団の中で、活用派の声など潰されてしまうでしょう。そうと分かっていながら、か弱い秘書官を送り込んでおいて自分は安穏な生活をするほど、歳青殿は無慈悲ではない。今回の件に秘書官が関与しているらしいと聞いて酷くショックを受けていましたしね」
「はあ?」
 キリアンは手早くキーボードを叩いて再び空間ディスプレイを表示させる。そこに映し出されたのはノイズや歪みのある映像だ。初見ではない。
「……これは」
「以前お見せしました視覚映像です。これは捕らえた武装集団の視覚記憶ですが――ほらここ」
 男たちは練習場のような広い場所で組み手をしている。素人目にも覚束ない動作で教官の罵声が飛び、その様子を壁際で眺めている女の姿があった。
 複数人の記憶の最大公約であるため、視界に、記憶に残っていない部分はぼやけている。シュダーノフは正にその状態だ。
 アリシュアはその不明瞭な女の顔に乾いた瞳を向けた。





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あきゅろす。
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