201 すると、空間ディスプレイの中では不可解なことが起こった。 つい先程まで部屋の惨状に怯えていた筈の女は遺体を踏みつけながら入り口まで取って返し、男が見えないのを確認すると再び舞い戻って上を向いて何かを探し始める。 女は直ぐにこの監視カメラを見つけた。壊されるか、と恐れたが全く別の事が起こる。 「ごめんなさい」 何と女は傾き血飛沫の飛んでいるカメラに向かって謝罪を始めたのだ。更に続けて自分は第四五三代世界王歳青殿の元秘書官だと名乗る。その肩書きに思わずコルドは声を上げてしまった。 続いて女は早口に今回の仕儀についてを捲し立てる。自分たちの目的はこの基地に有る第八冠の入手であり、そのために下層位の軍人たちを籠絡し寝返らせた事。用が済めば下層位達はこの場で始末する算段だった事。 更に女はとんでもないことを口にした。 「私は五大王政権崩壊時にモスコドライヴ五台を入手し、その内の一台は三大王芒黄殿元筆頭秘書官に譲渡しサンテ侵入に使われました。現地人を使って武装集団を組織したけど失敗。……侵入経路は――」 女は突入位置の住所と突出位置のポイントを述べる。キリアンは震える手でそれを書き留めた。シーズヒルの一件以降探し続けたもののずっと分からなかった次元口の位置だった。 アリシュアが別のモニタにサンテ国内の地図を表示させる。その上にグリッド線が引かれ、女が開示したポイント値を入力すると線上の一点が赤く点滅した。場所はエルキオネの隣、ヒオン州。エルキオネとの州境ぎりぎりの所だ。 元歳青殿秘書官の女はその次元口は既に放棄したと続ける。キリアンが出したゴルデワの地図と現地の報道では、突入位置にあった民家は不審火によって全焼、焼け爛れて身元が分からない遺体が二体出てきたとある。 元秘書官は更に何やら捲し立てていたがコルドは聞いていなかった。青い顔で推移を聞いていた部下たちにヒオン行きを命じる。次元口が関係してきた以上真偽を確かめねばならないが、部下たちは怖気づいて腰が重い。コルドは名指しで数名を選出し、キリアンから借りたモスコドライヴを持たせて叩きだした。 コルドが目を離していた間に男が戻って来たらしい。何を喚いているんだと半笑いの声がした。 「こんなところに置き去りにされて怖くない訳ないでしょ!」 コルドが空間ディスプレイの前に戻ってくると、画面の中の男は脇に抱えていた人間を何の考慮もなく床に落とす。重く硬い音が惨劇の間に響いた。 その人には左腕が無かった。肘の辺りで圧し折られたようなのだが、途切れた腕からは血肉の代わりに金属製の棒やコードなどがはみ出ている。 髪が掃われ剥き出しになった黒く溶け爛れた項に女は息を飲んだ。躊躇う女とは裏腹に、男は腰の辺りから取り出したナイフを使ってそこを抉じ開け始める。 血が噴き出すと恐れたが、やはりそんなことは無かった。 男は構造を承知しているようで、殆ど時間を掛けず後頭部の皮を剥ぐ。まるで皮の厚い柑橘類を剥くようだった。 中から出てきたのは曲線を描く銀色のモノ。全く初見のものだったが、コルドはそれが脳だと分かった。 その間にもキリアンは身元の分かった女のプロフィールを検索したりジオへ連絡したりと忙しい。土気色の顔色と大量に滲む脂汗で今にもひっくり返りそうになりながらもまだ踏ん張って立っている。 それというのも、男の顔がカメラに映らず身元が分からないままだからだ。これが判明しない事にはこの場を離れる訳にはいかない。 画面の中の男女は剥き出しにした脳殻と操作パネルとを端子で繋いでキーボードを叩くとパネルの端が開口しマイクロチップが現れる。 二人はそれを回収しヘザーと繋げていた端子を回収すると悠々とその場を後にした。 [*前へ][次へ#] [戻る] |