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見渡せば一緒に見ているキリアンは勿論、音だけが聞こえていた対策本部の皆も恐怖に引き攣った顔をしている。それは自分も同様だとコルドは確信していた。
だがその中でアリシュアだけが涼しい顔でディスプレイの間近で惨劇を鑑賞していた。キリアンでさえ既に腰が引けてコルドの位置まで退いているのにだ。
「長官、もう見ない方がいいですよ」
コルドに引けと言いながら自分はその気が無いようだ。アリシュアは口も利けないコルドに「暫く肉食べられなくなりますよ」と忠告する。
鯉のように口だけがぱくぱくと動くが声が出ない。その点においてはキリアンの方が精神的耐性があったようで、しどろもどろながら自分も離脱したいと申し出た。
しかしアリシュアはこれを切って捨てる。
「これは貴方の国の問題でしょう? ただの内輪揉めかそうでないか、現時点で検証出来るのは貴方だけなんですからシャキッとして下さい」
そう言っている間にもディスプレイの中ではまだ生きている男たち三人が痛みを堪えて立ち上がろうとしている。まさかそれを迎え討とうとでも言うのか、一人置いて行かれた男はヘザーが置いて行った銃に手を伸ばした。
コルドが無意識に顔を逸らせた数秒後、銃声が三発鳴って何かが倒れる音がする。
「長官」
再び促され、苦渋の末コルドは砦を出る。キリアンが絶望の目でこちらを見つめてくるがこれ以上離れる気は毛頭無かった。
同じ室内である以上、本部長席にいようと音は聞こえるが、コルドは砦の傍らで半ばヤケクソ気味に仁王立ちして動かない構えを見せる。アリシュアは困ったような顔をしたがサンテの安全が完全に保証されていのるかを見届けるのは外務庁の職務である。大体女のアリシュアが残っているのに尻尾を巻いて逃げる訳にはいかなかった。
程なくすると操作室にまた誰かがやって来たようだ。室内の惨状に驚く男の声が中途半端に止まり「どん」と「ぐちゃ」を合わせたような音がキリアンの悲鳴と共に耳に届く。
煩いと一喝されキリアンは口を押えたが、悲鳴はそれで終わりではなかった。
小さなスピーカーから流れる複数の男たちの悲鳴や罵声、そして乱闘しているらしい音が畳み掛けるように暫く続く。
両手で口を押えたキリアンの顔色はみるみる土気色になり今にも気絶しそうだ。
「……やべえな、これは死ぬ……」
乱闘が収束するまで五分にも満たなかった。最初に人質として連れてこられた男の掠れた声が辛うじて聞こえる。激しく咳き込んでいる。
そのまま音が絶えてしまった。
最悪の事態を誰もが想像したが、まだその瞬間では無かった事をこの場の皆が直ぐに知った。
また誰かやって来たのだ。男にはもう敵を迎え討つ力は残っていないのに。
「げっ! ひでえなこりゃ」
男の声だった。
この男は誰一人生存確認すらせずびちゃびちゃと音を立てて部屋を突っ切ると背後の仲間に入ってくるよう呼びかけている。怯えた女の声が悲鳴を堪えきれず漏れている。
その時コルドは見た。
アリシュアの目がこれ以上ない程見開かれ、爛々と輝いていて空間ディスプレイを凝視しているのを。
何を見ているのかと、コルドは再び砦の中に戻って映像を見る。
死体がある分、最初に見た時以上に室内は惨憺たる有様だった。その中で新たに現れた男女だけが私服姿で操作盤に張り付いている。
女は血で真っ赤になった操作盤にかなり狼狽えながらボタンを押し、レバーを引いている。男は黙ってそれを見ていた。
何か問題が起きたらしく女は作業の手を止めて男を振り返る。その際見えた左頬には大きな湿布が貼られていた。
操作室の画面にヘザーの上半身が表示されると男は心当たりがあったようだ。
「さっきのフルビルディーか。またあそこ戻んのかよ」
文句を垂れながら部屋を出て行った。
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